第3回スーチー暗殺事件の可能性
ディペーイン虐殺事件――"衝突"の形をとった暴力の影に、スーチー暗殺をもねらった周到な計画性が浮かび上がる

襲撃が始まった
夜7時を過ぎた頃、NLD一行が現場に近づいてきた。アウンサンスーチーが乗る車が一行の先頭を走っていた。道路沿いに村はなく、周囲は背の低い灌木が生えた平原だった。幹線道路から3キロほど離れたチー村から村民300~400人ほどが道路沿いに一行を出迎えていた。村人は花輪を手渡し、口々に「健やかでありますように。豊かでありますように」と呼び掛けた。しかし、夜も遅く、演説は行わず、車上から手を振りながら挨拶を交わすだけだった。

そこを通り過ぎた直後、2人の僧侶と2人の男が一行を制止した。
そのとき、スーチーの車から3台後方の車に乗っていたミンテイン(33歳)は、証言する。 「車が止まったので、私たち警備担当は車から降り、スーチーの車の近くに集まっていました。僧侶たちは『演説をしてから行きなさい』と言いました。スーチーの車に同乗していたコ・トゥンゾーゾーが、『僧侶、もう遅く私たちには時間がありません。

この先まだ泊まるところまで行かなければなりません』と説明しました。しかし、傍にいた男たちは『お前ら、話をしてからでないと駄目だ』と喧嘩調子で話しました。そして、僧侶が『わしらの者がこちらに向かっている。待って、演説をしてくれ。演説をした後なら行ってもいい』と執拗にその場で演説をさせようとしたのです。その頃です。後ろの方で襲撃が始まったのは」。

そのとき、最後尾の車にいたドー・ニュンニュン(52歳)は、襲撃の開始を目撃した。「トラックが、私たちを見送るために集まっていたチー村の人たちに車ごとぶつかっていきました。その後、トラックから棒を持った男たちが現れ、村人たちを殴り始めたのです」。子どもも女性も無差別に殴られていた。しばらくすると、後方から10数台のトラックがやって来て、5台ほどが一列に止まり、ヘッドライトを点灯した。次々にトラックから人が降りてきて、巨大な人影が浮かび上がった。

襲撃者はたちまちNLD一行の車列を取り囲み、襲いはじめた。最初は車の外側から竹棒や鉄棒で叩きはじめた。年配の男性党員ウー・チッテインはドー・ニュンニュンら同じ車の女性3人をかばうため、打たれ続けた。ドー・ニュンニュンの身体は、彼の血でぐっしょりと濡れた。前屈みの態勢のまま、車のガラスが割れる音、骨が折れる音を聞いた。

その後、彼女は髪をつかまれたまま引きずり降ろされ、左肩から地面に叩きつけられた。そして、上着を無理やり剥ぎ取られた。彼女は慌てて巻きスカートをたくし上げ、胸元を隠した。腕時計、指輪、ネックレスも奪い取られた。そして、4人ほどがかわるがわる鉄や竹の棒で彼女を殴りつけた。襲撃者は、竹槍を耳元に突きつけながら、叫んだ。

「俺らはスアンアー(政府が全国各地で組織化している自警団)。俺たちやUSDA(連邦団結発展協会)が橋や道路をつくったのをお前のところの外国女(スーチー)は知らないのか?」。そして、耳の穴に竹槍を突っ込み、頬の方へと引っ掻いた。その後、左後頭部を殴られ、意識が朦朧として倒れ伏した。
次のページへ ...