米軍とイラク部隊のファルージャ攻撃後、武装勢力の抵抗はスンニ三角地帯を中心に激しさを増している。北部の要衝モスルでも市内の一部を武装勢力が占拠。米軍は1200人を動員して奪回作戦を展開中という。玉本英子がイラク内戦の危機を訴える。(編集部)

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11月10日から数日間にわたり、イラク北部最大の都市モスルでは、武装勢力が市内各地の警察署などを攻撃し、一時、市内の一部を事実上支配下においた。
バグダッドで治安が悪化する以前から、モスルでは緊迫した状況が続いていた。今年に入り、外国人技術者などが相次いで襲撃、殺害された。車で尾行し、追い抜きざまに銃撃を加えて走り去るというのが、モスルでよくとられる襲撃方法だ。欧米人をはじめとする外国人ジャーナリストの姿はほとんどなく、ロイターなどの通信社もイラク人現地スタッフを使うようになっていた。

3月中旬、私はモスル大学のキャンパスで、学生たちのインタビューをしていた。そこへ突然、フセイン元大統領の写真を手にした女子大生たちが私の前にあらわれた。
「ブロホ・ベルダム・ニブディク・ヤ・サダム!」
(血も魂もサダムのために捧げます!)

フセイン政権時代、大統領を讃えるのに人びとが叫んだスローガンだ。それを今、声をふりしぼりながら叫びをあげている女子大生のひとりがゼイナブだった。黒い大きな瞳。頭をきっちりとスカーフでおおっている。彼女は今もフセイン元大統領を支持するという。
「サダムはイラクの誇りです。アメリカは力づくで政府を崩壊させ、イラクをめちゃくちゃにした」彼女は力を込めて話す。

バース党によって拷問され、殺された人もいるのではないか、と私はゼイナブにきいてみた。
彼女は答えた。「それはアメリカのでっちあげよ。私はそんなことを聞いたこともないし、見たこともない」
別れぎわ、ゼイナブは「私のことを忘れないで」と古い100ディナール紙幣を私にくれた。薄いブルーの小さな紙幣には、フセイン元大統領のほほえむ顔が印刷されていた。

その後、私は学生たちと何度か接触を重ねた。そしてひとりの青年を紹介された。市内のある場所で、約束した時間どおりに彼は現れた。するどい眼光の青年は、アリと名乗った。そして自分が武装勢力のメンバーだと話した。彼はサダム・フェダイーン(サダム決死隊)のグループに関係しているという。かつてフセインに忠誠をちかい、命をささげる覚悟をした武装部隊である。政権崩壊とともに解体したとされたが、組織は地下で再建されつつあるという。コーランの言葉を引用したり、ジハード(聖戦)や殉教という言葉を多用する彼のはなしぶりから、彼が厳格なイスラム教スンニ派であることがわかった。

ちょうどこのとき、ファルージャでアメリカ人民間警備兵4人が殺害されるという事件がおきていた。その事件がきっかけでファルージャ包囲作戦がはじまった。アリは穏やかに微笑みながら言った。
「ファルージャでアメリカ人が切り刻まれた。テレビであの映像を見たとき幸福を感じたよ」
アリは言う。「モスルを、そしてイラクを異教徒の占領者たちから必ず取り戻す」

彼らはアメリカ、そしてイラク戦争中アメリカ軍に協力したクルド人を敵とみなしている。市内にあるクルド二大政党PUK(クルド愛国者同盟)とKDP(クルド民主党)の代表事務所はこれまで何度も武装勢力から襲撃を受けている。3月中旬には、米軍の通訳をしていたクルド人女性とその家族が殺害されるという事件も起きた。

イラク戦争後、アメリカ軍は、市内中心部の丘にそびえる巨大な城跡を接収した。フセイン元大統領がモスル訪問の際に滞在していた通称サダムキャッスルである。ここは武装勢力掃討作戦の拠点となっている。だが今回、米軍によるファルージャ突入戦開始後、武装勢力はサダムキャッスルからわずかのところにある警察署を襲い、市内の大通りを占拠する事態となった。

モスルは歴史的にさまざまな民族、宗教が共存してきた。アラブ人、クルド人、トルコマン、アッシリア人などが暮らし、宗教もイスラム教スンニ派、キリスト教、イェズディ教などが混在する。多民族、多宗教の街モスルで戦闘が拡大した場合、イラク各地において民族や宗教の間で緊張が高まることになる。バランスがひとたび崩れることになれば、それが衝突に発展し、さらには内戦につながる可能性もある。
モスルが第二のファルージャになれば、米軍はさらなる泥沼に引きずり込まれるばかりか、イラク内戦の引き金になりかねない。

 
フセイン元大統領の写真をいまも大切に持ち歩くモスル大学の学生。「アメリカはイラクに破壊と混乱をもたらしただけ」と言う。(2004年4月 撮影:玉本英子)   モスル中心部。今回のファルージャでの戦闘後、武装勢力の一部がモスルにも集結しつつある。(2004年4月 撮影:玉本英子)

 

 
パトロールする警官。11月に入り警察署が相次いで襲撃され、警官は職務を放棄した。(2004年4月)   夜間に市内を巡回する、アメリカ軍の軍用車両。(2004年3月)

 

 
クルド政党PUK(クルド愛国同盟)のモスル本部前にたつクルド人ペシュメルガ兵。武装勢力が頻繁に襲撃をくわえている。(2004年4月 撮影:玉本英子)   「治安の悪化をなんとかしてほしい」と話す女性。アメリカ軍と武装勢力の戦闘だけではなく、かつてはなかった強盗も多発するようになった。(2004年4月 撮影:玉本英子)

 

 
モスル郊外にあるギリシャ正教の教会。モスルはさまざまな民族、宗教が共存する。(モスル郊外バシカ村2004年4月 撮影:玉本英子)   フセイン元大統領の息子ウダイ、クサイ両氏が隠れていた住宅跡。昨年7月、アメリカ軍によって銃撃戦の末、殺害された。のちに建物は両氏の「追悼の場」とならないよう、取り壊された。(2004年4月 撮影:玉本英子)

 

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