先週、韓国へ行った。非武装地帯付近の米軍基地などを取材するためである。APNでもそのような取材の結果は順次、報告していきます。以下、韓国取材の一部をまとめたものを貼り付けておきます。野中章弘
11月中旬、実尾島(シルミド)を訪れた。この島の名前には聞き覚えのある読者も多いと思う。昨年、韓国で記録的な観客を動員した後、日本でも公開された韓国映画「実尾島」の舞台となった島である。

この物語は北朝鮮へ潜入して破壊工作を行う「北派工作員」たちの悲劇を描いたものである。
事は六八年一月、北朝鮮の武装工作員がソウルの青瓦台(大統領府)を襲撃するため、韓国に侵入するという事件から始まる。

このとき韓国側は三一名の工作員のうち、二九名を射殺し、テロを未然に防いだものの、この侵入事件に激怒した朴正熙(パク・チョンヒ)大統領はただちに金日成(キム・イルソン)主席への報復を決意。北朝鮮の特攻部隊と同数の三一名からなる北派工作隊の創設を指示した。これがこの映画の主人公となる六八四部隊である。

映画では南北対話の始まりで無用となった部隊を抹殺する指令が出され、これを察知した隊員たちは武装蜂起して十数名の警備兵を射殺。その後、仁川へ上陸してバスを乗っ取り、自分たちを政治の道具として使い捨てようとした権力への怨念を晴らすべく、ソウルの大統領府を目指す。

その途中、軍に阻まれ、全員バスで自爆するというストーリーとなっている。細かな事実関係は明らかになっていないが、映画で描かれたことはほぼ実話に近いという。
実尾島は仁川の沖合いにあり、いまは誰でも行けるが、映画のセットなどはもう解体され、何も残ってはいない。

「何か見るべきものはありますか?」と海岸で作業をしていた漁民に聞いたら、「ここにあるのは石ころだけ」とそっけない返事。一時間ほどぶらぶら歩きながら、映画のセットの痕跡を探したけれども、ほんとうに何もなかった。

ソウルに戻ってから、実尾部隊など「北派工作員」に詳しい金成鎬(前国会議員)氏と会ったら、彼はちょっとショッキングな事実を明らかにしてくれた。
「北派工作員は全員で一万三〇〇〇人あまり。そのうち八〇〇〇人は北朝鮮に送られたまま、帰還していない」
おそるべき数字である。破壊工作や情報収集を目的とする工作員は、北側からだけでなく、南側からも三八度線を越えていた。そのうち八〇〇〇人が戻ってこなかったという事実は、南北の対立の厳しさを物語って余りある。

「私の推測ではまだ五〇〇人ぐらいの工作員は北朝鮮で生きているのではないか。一刻も早く救出したい」
韓国の軍部はこのような事実を公にすることを好まない。長い間、軍事機密として厳重に封印してきた。しかし、政治の民主化の進展に伴い、軍部のかかわった歴史の暗部にもメスが入るようになってきた。実尾島部隊については「真相究明委員会」が設置され、近くその報告書が発表されるという。
帰国してからもう一度、ビデオで「実尾島」を観た。・・・切ないなぁ・・・政治に切り捨てられた工作員たちの心情はやはりグッと胸に迫るのであった。
(野中章弘)

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