(参考写真)隊列を組んで労働現場に向かわされる「労働鍛錬隊」の収容者。2005年6月咸鏡北道清津市にて撮影リ・ジュン(アジアプレス)

 

ある日の朝、平壌から来た妻の弟と一緒に朝食の席に着くと、急に向かいの家から大声で争う声が聞こえてきた。
何かが、ガシャンと割れたようだった。
人民班長である妻がご飯をよそうのもやめて、しゃもじを持ったまま走って出て行った。
膳を下げる時間になっても妻が帰って来ないところを見ると、のっぴきならないことが起きているようである。とうとう私も服を着て妻の弟と一緒に外に出た。

家を出ると向いの家の庭に、近所の人々が大勢集まっていた。
私たちも近くに行ってみる。一方には近所の人が、もう一方には険しい顔をした見慣れない男たちが立っていた。
その間に、焦った様子のその家の主人であるトクスが立っていた。その主人の横に、険しい顔をしたトクスの妻と、片手にしゃもじを持ったうちの妻が立っていた。

見慣れない男たちの中の、岩のように頑丈そうな男が「行くぞ!」と言って、小柄なトクスの腕をとった。
トクスの妻が、割れんばかりの悲鳴をあげて、夫の腕をがばっとつかんで抱きかかえた。
「連れて行かせないよ!うちの人(オギアボジ)は絶対に行かせない!『行くぞ部隊』になんて、行かせへん」
「父ちゃん!」

その時、どこから出て来たのか、突然12歳になるオクが、自分の父親のくたびれたズボンの裾にすがって泣き出した。
「どこのやつらなんだろう? 獣だよ、まったく」
心配そうな顔をした近所の人たちの群れの中で、妻が文句を言いながら体躯のごつい男たちを睨むのが見えた。
平壌では目にすることもない光景のせいか、それとも、自分の姉が被害者の横に立っているために、保護本能でそうしたのか、体格のいい妻の弟が、人々をかきわけて諍いの中に入っていった。

彼はとにかく豪快な性格で、運動もやっていた。すぐにでも何か起こりそうだった険しい雰囲気が、一瞬緩んだようにみえた。
純朴な彼は、好奇心を帯びた声で人々に向かって尋ねた。
「いったい『行くぞ部隊』って何なんですか?」
彼の口から出た、だしぬけのこの一言で、人々の緊張が少し解けたようだった。
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