【右から、クランティ(連隊コミッサー)、ビマラ・KC(女性組織リーダー)、そして、アスタ(大隊コミッサー)。  2005年12月当時 ロルバ】

【右から、クランティ(連隊コミッサー)、ビマラ・KC(女性組織リーダー)、そして、アスタ(大隊コミッサー)。  2005年12月当時 ロルバ】

さまざまなマオイスト議員に会う
最前列の特等席を確保したは良かったが、これから長い1日を、この席でひたすら待つことになった。午前11時前になると、会議場には議員たちが集まりだした。しかし、正午になっても議会が始まる気配はない。やがて、下の階に集まっていた議員たちが外に出始めた。やがて、私たちも議会が午後3時に延期されたことを知った。

議会がいつ開始されるかわからないために、とりあえず食事をしておこうと、私も外に出た。すると、まず、マオイストの女性議員で、ルクム郡出身のビマラ・K.C.が私に声をかけてきた。マオイスト議員の"制服"であるグレーのジャケットにパンツ姿のビマラは、ロルパやルクムで何度も会ったときとは別人のようだった。

ビマラとは、かつてマオイストが武装闘争を続けていたときに、彼らのベース・エリアであるロルパやルクムの山を共に歩き、同じ部屋に寝袋を並べて寝たことがある。知り合いのマオイストの中でも、私が最も親近感を覚えているマオイストである。ビマラとは、山を歩いているとき、そして、冬の陽だまりでスンタラ(ミカン)を食べながら、さまざまなことを話したことがある。

ビマラと同じルクム郡出身で、人民解放軍の連隊コミッサーをしていた女性議員のカマラ・ロカにも会った。当時、"クランティ(革命)"という党名で呼ばれていたカマラとも、一つのベッドに寝袋を並べて寝たことがある。かつては迷彩服を着ていた彼女もグレーの制服姿だった。命をかけて武装闘争を闘ってきた彼女たちが、制憲議会の議員になったのを見て、深い感慨を感じえなかった。
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