そして、このような密輸をするのは個人ではなく国家で登録された「正規」の外貨調達ビジネスの貿易会社なのだという。
新義州(シニジュ)、恵山(ヘサン)、羅先(ラソン)市などでは、このように売買される密輸穀物が一日数十縲恊舶Sトンに及ぶと内部記者は言う。
五月末に密輸が活発になった影響で、グラフでも確認できる通り、米価は二〇〇〇ウォン近くまで下がった。

厚峙嶺(フチリョン)や摩天嶺(マチョンリョン)といった高い山に囲まれ交通不便な地域であるうえ、中国国境からも遠く、まともな貿易港のない(興南(フンナム)港はろくに機能していない)咸興(ハムン)市と咸鏡南道が、今回も最も深刻な影響を受けたという報告がある。

九〇年代同様、中国との往来があるため相対的に深刻な飢餓のない会寧(フェリョン)、恵山などの国境地帯に、咸鏡南道など南の方からコチェビ(ホームレス)が押し寄せたというが、今回の食糧危機がもう少し長引いていたならば、朝中国境地帯のコチェビの数は、九〇年代のように増加していたであろう。

(3)韓国の影響
徐々に上昇傾向を見せていた穀物価格が急激に跳ね上がるきっかけとなったのは、今年二月二〇日に下されたある指示文書だったようだ。
内部からの報告によると、その内容は「人民は今年七月までに各自、早生ジャガイモを植えて食糧に充て、国家からの配給には頼るな」というものだったという。

二月といえば、《非核開放・三〇〇〇ドル構想》を引っさげた李明博(リ・ミョンバク)が韓国の新大統領に就任する月である。
この時すでに金正日は、韓国新政権との関係を緊張させ、将軍の権威を守るための「反李明博キャンペーン」を展開することを決めていたと思われる。つまり、李新政権に食糧支援要請をしないことを決めていたため、「早生ジャガイモ栽培運動」が二月から進められたものと見られる。
現在、朝鮮社会は日を追うごとに強まる韓国の影響に対抗する戦略を立てる必要に迫られている。

韓国からの食糧と肥料支援は、既に政治的な武器になったと言えるほどの威力であるが、それを迎え撃つ手立てが朝鮮にはない。
朝鮮政府が九〇年代から食糧問題の解決策として展開してきたものに「草の根っこ作戦」や「ヤギ作戦」、「ウサギ作戦」、「ジャガイモ作戦」、「ムギ作戦」などがあった。食糧問題を解決するためにこれらのものを積極活用せよという政治キャンペーンである。しかし一般大衆には、そんなものは単なるショーとしか映らず、ことごとく失敗したことは周知の事実である。

今回の「早生ジャガイモ栽培運動」は、「韓国からの援助がなければ七月まで配給ができない(春の端境期を凌げない)」と「通訳」されて住民に伝わった。
それは朝鮮政府にとって予想外のことだったのだろうと、筆者の目には映る。七月まで食糧配給がないと分かるやいなや、市場の米価は凄まじいまでに急騰したのだ。
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