シャーはそういうことを辞めろと命令したが、誰も耳を貸そうとしなかった。そこで、そうした悪徳パン屋の一人を捕まえて、みんなの前で見せしめに、パン屋の釜の中に入れて焼き殺してしまった。パン屋たちは皆、恐れをなし、翌日からは隠していた小麦を出して、質の良いパンを人々に提供するようになったんだ」
「でもそのやり方はちょっとどうかと思いますけど」

「まだ続きがある。テヘランからカスピ海沿いのアマールに抜ける途中に、シャーの時代にドイツ人技師が設計して作ったヴェレスク鉄道橋がある。岩山の高いところにあって、落ちたらひとたまりも無い。それがようやく完成したものの、誰も怖くて渡ろうとしなかったので、シャーは、設計したドイツ人技師を家族とともにその橋の下に立たせ、その上を貨車に通過させたんだ。

こういうやり方が正しいとは思えないし、釜で焼き殺さなくたって、刑務所に入れるとか他のやり方もあっただろうけど、今のイランが抱える問題や、役人が作り出すものの品質の悪さを見れば、一概に悪いとは言えない。役人は国の金を使ってどれだけの仕事をしているのか。シャーの時代に作ったものは、道路であれ橋であれ、今の時代のものより優れているものがたくさんある。

では今俺たちの時代に作ったものが、ソフト面でもハード面でも、俺達の子どもたちの世代に引き継がれたとき、どういう評価を受けるのか。親父たちの時代が作ったものはこの程度かとバカにされたくない。俺は一生懸命働いてるよ。でもこの社会が次の世代に残すものは、『親父たちの世代』が残したものとして、俺もひっくるめて評価されるんだ。

お前さんはいずれイランを去って自分の国に帰るからいいが、俺はこの国で生きていくし、俺の子供もこの国で大きくなるからね」
イランでよく感じることは、責任者の不在だ。日本でなら、何か不手際があった際に、直接それに関わっていなくても、立場上、責任を取らざるを得ない人間が必ずいる。だが、イランではそういう責任の取り方は一般的でないのか、同じ間違いが繰り返されるし、改善もされない。
しかし、子を持つ親が次の世代に対して抱く責任感は、全世界共通のものなのかもしれない。これが役所の仕事に反映されればいいのだが、なかなかそうはならない……。

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