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【多くの職場で派遣労働者など非正規雇用労働者が働いている】

【多くの職場で派遣労働者など非正規雇用労働者が働いている】

第7章
若き派遣労働者の過労自殺

慢性的な疲労とストレス
勇士が働いていた所はクリーンルームといい、半導体製造装置のために温度・湿度を一定に保ち、空気中の塵埃を最小限に除去した、閉鎖空間だった。照明は、感光剤が感光しないように黄色一色にされていた。
通気性の悪い防塵服を全身にまとい、基本的に立ちっぱなしで検査作業をした。勇士のかつての同僚は、クリーンルームでの作業のつらさをこう述べている。

「空気はとても乾いています。一番きついことですか。これも驚かれると思いますが、実は、一定の光、一定の温度なんです。昼と夜がわからなくなるとかそんな生やさしいものではありません。自律神経が
おかしくなって何もかも意欲がなくなるんです」(『偽装請負』朝日新聞特別報道チーム著 朝日新書 2007年 21頁)

こうした環境で、勇士は約1年6ヵ月の間に計434時間30分の時間外労働と休日労働をもおこなった。そのうち最も多かった月は1998年7月で103時間、その次は99年1月で77時間だった。
仮眠もとれない大変な夜勤時においても、計15回、1時間または1時間30分の時間外労働(残業)をしている。特に自殺する約3ヵ月前の98年12月には、3日間連続で夜勤時の時間外労働をした。

「夜通し働いて疲れ切っている状態での残業は、さぞかしつらかったでしょう」(のり子)
勇士は台湾に2度(4日間と15日間)、宮城県に1度(15日間)の出張もし、顧客先での納入検査にあたった。そこでも19時間30分、46時間、110時間の時間外労働・休日出勤をした。

宮城県の出張先からのり子に電話で、
「こっちの作業はほんとつらい。朝から夜中までだよ。夜2時過ぎだもの毎日ホテルもどるの。起きたらもうまたって感じでさ。ご飯食べられないよ。睡眠4時間ぐらいだ」と伝えてきたこともある。
慢性的な疲労とストレスが積み重なり、勇士は痩せ細って顔色も悪くなった。目も充血していた。
「頭が痛い」「息苦しい」「食べ物の味の違いがわからなくなった」「集中して考えられない」「記憶力が悪くなった」と、電話でのり子に訴えた。
休日で実家に帰ったときも、無表情でぼんやりしていることが多くなった。

勇士が立場の不安定な非正規雇用労働者だったこともストレスの要因となった。1998年、国際的な半導体不況のなか、ニコンは請負労働者を契約終了というかたちで次々と解雇するリストラをおこなった。ネクスターからの労働者も、勇士を残して解雇されていった。
当時ショックを受けていた勇士の様子を、のり子が次のように語る。

「『ニコンは見通しも立てずに派遣社員をたくさん採用し、勝手にクビを切っていく。派遣社員って使い捨ての便利な社員ってことなんだ。使い捨てにならないためには、期待された仕事をこなし続けるしかない。残業や出張を断ったら俺もクビだろう』と、とても動揺して不安を抱き、怒りの言葉も口にしていました」
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