草食動物 (2)
筆者 チョン・ソンミ(キルスの母)
45歳。大学を卒業した彼女は放送作家が夢であった。去る99年3月に北朝鮮脱出。
「北朝鮮保衛部(情報機関)では私たち家族を逮捕するために懸賞金までかけているそうです」
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キルスの母・チョン・ソンミさん。中国脱出後に写真館で撮った写真。2001年3月に中国公安に逮捕、北朝鮮に送還され生死は不明だ。

キルスの母・チョン・ソンミさん。中国脱出後に写真館で撮った写真。2001年3月に中国公安に逮捕、北朝鮮に送還され生死は不明だ。

 

一方、あちらの野原、こちらの野原から、ウシ、ヒツジ、ヤギなど草食動物の悲鳴のような鳴き声もたくさん聞こえてくる。
「私たちは草を食べて生きるのです。それ以上採っていかないで」
「お腹がすいたよ、メー、メー、メー」

動物たちの鳴き声が耳にからみつく。しかし無情な人間たちからは反応もない。
「お前が生きのこれば、おれが死ぬ」
そう言いながら、人間たちは競うように、山菜袋をいっぱいにすることしか頭になかった。

私もまた、あまりに重たい体を引きずりながら山菜採りに出かけた。しかし家のことが気になってしかたがない。三部屋にも満たず、がらんと家具もない空っぽの家でも、泥棒が多くて、少しも気をゆるめることはできないのだ。

落ち着かずにそわそわしていると、横にいたチョルの母さんが大声で呼ぶのでとても驚いた。なぜかうらやましげな声だった。
「キルスの母さん、あなたの家のワンワンは家をしっかり守ってくれるからうらやましいわ」

ワンワンとは世帯主=夫のことを指す。今の北朝鮮では、昔の母系氏族社会のように女たちが働き、男たちは留守番だけをしているので、うまく言い当てた言葉である。私も負けずにひと言いった。
「あなたの家は、一万ウォンのヤギが家を守ってくれるからいいじゃない?」
ヤギとは年老いた姑のことだ。

「もう、鬼神のようになって、何もわからないのよ。でも、ナイロンの紐のように、身体は丈夫なのよ」
おばさんたちのえげつない言葉に神様が怒ったのか、空から急に雨粒が降り始めた。
鳥たちがせわしなくさえずりながら、巣に向かってあわてて飛んでゆく。

足をむずかゆくさせていた草の虫たちも、体を丸めて自分たちの巣に戻って雨をしのぐ。
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