◎一一月二八日(「貨幣交換」二日前)

◆カンさん
慈江道江界市に住むカンさんは一〇〇〇万ウォン(中国元では二万元相当=約二七万円)という大金を知人から借り入れた。中国には親族訪問という名目で行くのだが、この機会に何としても金を稼がなくてはならない。中国で現金を稼ぐ方法は二つ。ひとつは働いて賃金を得ること。

だが北朝鮮から来た中年女性がありつける仕事といえば、家政婦か老人施設での介護、食堂の雑用ぐらい。住み込みで働いて収入は手取りでひと月一〇〇〇元(約一万三五〇〇円)程度。もうひとつは中国製品を買い付けて北朝鮮で売ること。

しかし、商売をするためには元手がいる。カンさんは旅券を作るために賄賂も含めて一〇〇万ウォン(中国元約二〇〇〇元)を使った。たとえ三ヶ月間賃労働しても大して残らない。

カンさんが選択したのは、皿や器などの生活雑貨を仕入れて北朝鮮で売る商売。まともに消費物資の生産ができなくなった北朝鮮では、中国製の生活雑貨の需要は高い。大金一〇〇〇万ウォンは、そのための資金として借りることにしたのだ。利子は一ヶ月一〇%と安くないが、今回の商売が上手く行けば、まとまったお金を残すことができるだろう。

◆ウさん
彼女はこの日、会寧市内の市場に買い物に出かけ、普段より多めのコメや野菜などを買った。姉の家族と一緒に暮らしているが、四〇代以下の女性が市場に出て商売することはご法度なので、表立って商行為はできない。

簡単なお使いをこなすぐらいの日々だ。姉の夫は少し前まで貿易関係の企業所に勤めていた関係で、現在も少なくない貯蓄がある。市場では「貨幣交換」の予兆は全くなかった。
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