庶民にとって、「悪い中間タリ」の代表格と見なされている、朴南基前朝鮮労働党計画財政部長(右端)。「貨幣交換」前の2009年10月に金正日総書記が平安北道を訪れた際の写真。(朝鮮中央通信より引用)

庶民にとって、「悪い中間タリ」の代表格と見なされている、朴南基前朝鮮労働党計画財政部長(右端)。「貨幣交換」前の2009年10月に金正日総書記が平安北道を訪れた際の写真。(朝鮮中央通信より引用)

「北朝鮮は、なぜずっと生活が苦しいままなんでしょうか?」
北朝鮮住民に会うと必ず聞いてみる質問である。すると「『中間タリ』が悪いんだよ」という答えがよく返ってくる。タリとは朝鮮語で「橋」のこと。「中間タリ」は庶民と金正日総書記の間に立っている幹部たちのことを指していると考えていただければよい。

二〇一〇年七月中国吉林省。数日前に北朝鮮の咸鏡北道延社(ヨンサ)郡から越境して来たばかりという三〇代の農民女性に出会った。協同農場では「分配」もろくになく、商売も思い通りにならない。にっちもさっちもいかなくなり、夫と息子を残し単身、中国の農村で野良仕事でもさせてもらおうと、こっそりやって来たという。この女性は、外国から来た記者である私をいささか警戒しつつ、冒頭の質問に答えてくれた。

「悪いのは将軍様ではなく、『中間タリ』の連中なんです。あいつらが上部に報告するたびに嘘が増えていきます。われわれ庶民には配給なんかまったくなくて、お金を出して高い食糧を買っているというのに、『中間タリ』のやつらは『人民は豊かに暮らしています』と上に嘘ばかり報告しているんですから。将軍様も騙されていると見るべきでしょう。あいつらが正直に報告しないから、中央でも対策を立てようが無いんだと思います」。
彼女は怒りがこもった早口でまくしたてた。

「中間タリ」が、上部に対し行う虚偽報告のことは「フライ報告」と呼ばれている。ひどいかさ上げ、水増し報告、といったところだろう。これについて自らも中堅幹部をしていたという黄海南道甕津(オンジン)郡出身の六〇代男性は、次のように語った。
「『中間タリ』の奴らは、『住民は満足に食べていない』とは怖くて正直に報告できないんですよ。例えば三トンの収穫しかなくても『五トンあります』と言わないといけない。

中央では『よし、それなら軍糧米を×トン賄えるな、さらに農場員の配給も数ヶ月は出せるだろう』と計算するわけです。でも実際の収穫は少なくて軍糧米なんか出したら何も残らないんです。それでも、そう報告しない場合には『収穫高を上げられない』と評価が下がり、今の地位を追われてしまうから噓を付くわけです。これが農場の現実なんですよ。こんな『フライ』が積み重なった報告を受けた将軍様は『そうか、人民たちに配給が行き渡っているのか』と考えてしまうんでしょう。『フライ報告』をする『中間タリ』を処罰しなければなりません」。
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