アフマディネジャード候補を支持する若者。テヘランで。(撮影・筆者 2005年)

アフマディネジャード候補を支持する若者。テヘランで。(撮影・筆者 2005年)

 

◆第9期イラン大統領選挙(4) ~保守派の面々
アメリカ大統領選挙が民主党と共和党の戦いであるように、イラン大統領選挙も保守派と改革派という2大勢力の対決である。アメリカと異なるのは、双方に統一候補が生まれず、各派に複数の候補が乱立しての票の奪い合いになる点である。2005年に行われた第9期イラン大統領選挙では、保守派から4人、改革派から3人、そして両派を超越する立場にあるラフサンジャニ師の合計8人による混戦となった。

もちろん、両派はそれぞれ統一候補を擁立するため、政党間で長い協議を重ねてきた。候補者が多ければ多いほど、票が分散され、自派から大統領を生み出す可能性が狭まるからだ。例えば保守派は、国営企業、軍、革命防衛隊、バスィージ(保守派傘下の民兵組織)、宗教諸財団、またその関連企業の関係者等、全人口の1割にあたる約700万人の組織票を有していると言われる。4人もの候補が乱立しては、せっかくの組織票が意味をなさない。にもかかわらず、改革派大統領の誕生阻止という至上命題のために身を引こうという人物がいないところは、いかにもイランらしいと思わざるをえない。

日本人から見ると、イラン人は自己主張と競争心の非常に強い人たちである。雄弁さを敬虔さに次ぐ美徳と見なす彼らは、議論に長け、論理的で美しい話術によって自らを主張する。

車の運転にも国民性が現れている。白線に沿って走ることはなく、わずかな隙間にも車体を割り込ませる。追い越しをかける際は、背後から激しくパッシングして、前の車に車線を譲らせる。一方通行の道は、バックでなら走っていいと信じている。それらは優れた運転技術があってこそ可能なことだが、その結果、明文化された交通ルールはなきに等しい。

イランにいると、運転技術からコミュニケーション能力に至るまで、個々人の能力の高さに感心させられることが多い。だが、そうした高い能力が集団の生産性向上に全く生かされていないのがイラン社会であり、その原因は何にも増して協調性の欠如によるものと言わざるをえない。選挙はまさに、その縮図とも言える。
もっとも、選挙の目的は利権である。自らの支持母体に利権とポストを与え、さらに権力基盤を拡大させてゆく最大のチャンスを、みすみす他者に譲る気になれないのは、保守派に限ったことではない。

保守派候補4人は、革命防衛隊出身であることを除けば、互いに異なる政治的経歴を有する。4人の肩書きと年齢、選挙スローガンは以下の通りだ。
マフムード・アフマディネジャード(49) テヘラン市長 『国民と、新しい言葉で』
アリ・ラリジャーニ(48) 国営放送総裁 『新しい風、イラン人の明るい明日のため』
モハンマドバーケル・ガリバフ(44) 警察長官 『実践主義者、改革者』
モフセン・レザイ(51) 公益判別評議会書記、革命防衛隊司令官 『新しい思考、新しい政府、新しい政策』

まるで改革派のような選挙スローガンに、私も当初は驚いた。
彼らの選挙公約の基本政策は、『生活水準の改善』『雇用創出』『腐敗撲滅』『社会正義』の4つが判で押したように共通しているほか、内閣への女性起用やアメリカとの関係改善、外資の積極的導入など、およそ保守派に似つかわしくない政策も掲げている。中でもガリバフ候補は『あらゆる組織を〈改革〉し、政治的、個人的〈自由〉を保護する』とまで言い切る。

保守陣営のこうした振る舞いに、当の改革派陣営は苛立ちを隠さず「国民を騙している」と非難する。しかし裏を返せば、保守派には、こうした言説を唱えなければもはや選挙に勝てないという認識があるのだろう。先の国会選挙でも保守派は議席確保のため衛星放送受信の合法化やアメリカとの関係改善などを叫ばざるをえなかった。

ハタミ時代の8年では何も変わらなかった、と語るイラン人は多い。しかし果たして本当にそうだろうか。その前のラフサンジャニ政権時代に初めてイランを訪れた筆者は、コミテと呼ばれる宗教警察が市民の生活をかぎまわり、欧米文化の流入阻止に当局が血道を上げているイランを見た。

しかし10年経った今、若者は周囲をはばからず大音響でロックを聞き、テヘラン中心街の映画館では最新のハリウッド映画が上映される。路上で、公園で、婚姻関係にない若い男女が手をつなぎ語らう。たわいもない日常の喜びすら禁止され、こそこそ隠れてやらなければならなかった時代の閉塞感や窮屈さが、ハタミ政権下でどれだけ緩和されたことか。

イランの政治改革は、改革派が叫び、保守派がそれを握りつぶして自ら実行に移すと言われている。一見、改革派に力の限界があるように見えて、実はかれらの叫びが国民の意識を育て、のちのち保守派が実行に移さざるを得ない状況に追い込んでいるとは言えないだろうか。

採算の悪い国有企業の民営化、地下資源開発への積極的な外資導入、さらに選挙におけるより民主的なプロセスを謳った『選挙法改正法案』や、憲法における大統領の権限を保障する『大統領権限強化法案』(いずれの法案も護憲評議会により却下)の成立等、ハタミ時代に成しえなかった政治的、経済的改革の多くを、今、保守派候補たちが自らの公約に据えているのである。

こうした「改革派的な政策」を公約に据えなかった唯一の保守派候補は、アフマディネジャードだった。彼こそがこの大統領選挙を制し、その後の8年に渡る治世の中で、これらの政策を強力に推し進めてゆくのである。
(続く)

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