他の歌も踊りも、何もかもが金父子の偉大さや社会主義ネナラ(我が祖国)の優越さと関連付けたプログラムになっていて、私たちは物心がつく頃から、ごく当たり前のように金父子を神様のような存在だと信じるようになるのです。疑いを持つ機会すら与えられず、金父子イコール神様、金父子がいなければネナラ(我が祖国)も存在しないという絶対服従精神が徹底化されたロボットに育てられるのでした。

それでも、幼稚園での毎日はとても楽しかったです。先生に可愛がってもらうこと、友達と親しくなること、楽しく遊ぶことが私にとって一番大事なことでした。

私は、小さい頃から歌うのが好きで、音楽をやりたかったのです。音楽をやるには、やはり幼稚園のときからサークルに入り、練習を重ねていかなければならないのですが、私の祖母は大反対でした。昔の人というか、祖母は、女の子が仕事もしないで歌ばかり歌っていると、ろくな人間になれない、女の子は料理を習い、裁縫を習い、女性らしい身だしなみを身につければそれで良い、という考え方を持っていました。

私は家でしかやらないからとおねだりし、小さいアコーディオンを買ってもらったのですが、すぐ飽きてしまいました。ギターの習い事もやっていたのですがすぐにやめ、結局、特に目立つこともなく幼稚園を終え、普通の人民学校(小学校)に入学することになりました。

著者紹介
リ・ハナ:北朝鮮・新義州市生まれ。両親は日本からの「帰国事業」で北朝鮮に渡った在日朝鮮人2世。中国に脱出後、2005年日本に。働きながら、高校卒業程度認定試験(旧大検)に合格し、2009年、関西学院大学に入学、2013年春、卒業。現在関西で働く。今年1月刊行の手記「日本に生きる北朝鮮人 リ・ハナの一歩一歩」は多くのメデイアに取り上げられた。
「私、北朝鮮から来ました」記事一覧

★新着記事