防衛省・自衛隊は特定の企業に対し、実は修理・整備などの契約を結ぶ前から派遣要員名簿の提出を要請していました。

関係者から入手した石川島播磨重工業(以下、石播。現IHI)の内部文書によると、2001年10月29日のテロ対策特措法成立直後、11月半ばに 防衛庁(現防衛省)から、インド洋に派遣される自衛隊艦船の故障に迅速に対応できるよう準備を依頼する文書が、防衛産業の各企業あてに出され、「緊急時に おける連絡網整備、技師の派遣準備、パスポートの取得」などが要請されていました。

そして、「関係者名簿の提出、入港場所・日時等は秘密扱い、派遣時の工具・交換部品などの輸送は官側で支援」など具体的な指示が出されたのです。

企業側もこれに応じて、たとえば石播の場合わかっているだけでも、派遣要員19人の名簿とパスポート番号一覧を提出しました。他の企業も同様の対応をしたと考えられます。こうした提出があったことは政府も認めています。

当時、石播の航空宇宙事業本部に勤めていた渡辺鋼さんは、派遣要員に選ばれたある技術者から、そっと不安を打ち明けられたといいいます。

「彼は、『出張に行けと言われたら断れないだろう。行くとなったら「軍事機密」だから同僚にも言えない。しかし、万一戦闘やテロに巻き込まれて負傷した場合の対応や補償はどうなるのか』と心配していました」

「そして、『会社からは何の説明もなく、水面下で話が進められているのがとても不安だ。私たちの安全をあまりにも軽く考えている。職場は箝口令〔かんこうれい〕がしかれたような雰囲気だ』と、表情を曇らせました」

その技術者が渡辺さんに悩みを語ったのは、労使協調路線の労働組合は会社の方針に異を唱えず、こうした技術者派遣も問題視していないので頼りにならないからで、渡辺さんらの「人権回復を求める石播原告団」なら話を聞いてくれると思ったからです。

同原告団(8名)は、会社による賃金差別や不当解雇などに反対し、少数派ながら自主的な労働運動を続けてきました。

このような派遣要員の技術者たちは上司から秘密を守るように指示されていて、かれらが何日間か職場から姿を消し、どこに行ったのか同僚たちもわからず、後日、インド洋方面に自衛隊艦船の修理に行ってきたらしいとの噂が流れたのだといいいます。

渡辺さんは次のように問題を指摘します。

「防衛産業といわれる企業では、この『戦地出張』ともいうべき危険な業務に対して疑問の声も上げられない、もの言えぬ職場ばかりです。中東にまで何度も技術者が派遣されたのに、企業は秘密主義を貫き、事実を知っているのは限られた関係者だけです」

「外部に情報を洩らさぬようにと指示が出され、社内でもタブー視されて、口にはできない雰囲気です。石播からもインド洋派遣の護衛艦修理に技術者が派遣されましたが、その事実を会社は認めていません」

このように防衛省・自衛隊と企業が一体となった秘密主義の壁の向こうで、事実上の民間人動員体制づくりが着々と進められてきたのです。

そして、仮に今回の「戦争法案」が成立し、自衛隊の海外での軍事活動がより拡大した場合、政府はその動員体制をより強固なものにしようとするでしょう。

「戦争法案」が成立すれば、このような軍事優先の動きが日本社会にますます浸透してゆくおそれがあります。 続きを読む>>
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