石綿被害について国は責任回避のために嘘と隠ぺいの主張を繰り返してきたが、2014年10月、大阪・泉南地域のアスベスト被害者やその家族らが国を訴え た「泉南アスベスト国賠訴訟」で、最高裁は国の責任を断罪して終結した。第15回は「アスベスト被害の原点」とされるこの訴訟の最高裁判決を改めて振り返 るとともに、残された問題について考察する。(井部正之)

遺影を手に記者会見に臨む原告たち。最高裁判決までに14人が亡くなった

遺影を手に記者会見に臨む原告たち。最高裁判決までに14人が亡くなった

◆大阪高裁では「人命より産業発展を優先」と宣言。これに対し最高裁では...

今回の最高裁判決は、単純に結果が2つに割れた2審判決に対する統一判断というだけではない。今後の国賠訴訟の行方を占う判決との意味合いがあった。

というのも、第1陣の大阪高裁判決(三浦潤裁判長)は労働者や住民の生命・健康に対する被害について、こう判じた。

〈それらの弊害が懸念されるからといって、工業製品の製造、加工等を直ちに禁止したり、あるいは、厳格な許可制の下でなければ操業を認めないというのでは、工業技術の発達及び産業社会の発展を著しく阻害する〉

つまり「人命より産業発展を優先する」と宣言したのだ。

これに対し、第2陣の大阪高裁(山下郁夫裁判長)は第1陣が敗訴した2審判決も踏まえ、国の責務について次のように規定した。

〈生命、身体に対する危害を防止し、その健康を確保することをその主要な目的として、出来る限り速やかに技術の進歩や最新の医学的知見等を適合したものに改正すべく、適時かつ適切に行使されるべきものである〉

こちらは労働者のいのちが優先されるべきとの判断だ。

人命か産業発展か──。

すでに炭坑の労働者による国賠訴訟、筑豊じん肺訴訟で2004年に最高裁で「人命優先」と確定していたはずだったが、再び国の施策における優先順位について、最高裁の判断が問われることになった。

今回最高裁は、筑豊じん肺訴訟の最高裁判決を引用し、上記の2陣・高裁判決と同様の判断を示した。「人命優先」を改めて確認したかっこうだ。

基本的人権の考え方からすれば当たり前のことだが、2004年の筑豊じん肺訴訟で確定したこの原則がくつがえされたとすれば、現在も係争中の建設労 働者らによるアスベスト被害を問う国賠訴訟や、福島第一原発事故による健康被害を訴えた国賠訴訟などにも悪影響を与えたはずだ。

そのため、この判決を受けて胸をなでおろした関係者は多い。
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