石綿被害について国は責任回避のために嘘と隠ぺいの主張を繰り返してきたが、2014年10月、大阪・泉南地域のアスベスト被害者やその家族らが国を訴え た「泉南アスベスト国賠訴訟」で、最高裁は国の責任を断罪して終結した。第19回は「アスベスト被害の原点」とされるこの訴訟の最高裁判決後に残された問 題について考察する。(井部正之)

最高裁判決の翌日、厚生労働省が入ったビルの前では抗議行動が行われていた(2014年10月撮影・井部正之)

最高裁判決の翌日、厚生労働省が入ったビルの前では抗議行動が行われていた(2014年10月撮影・井部正之)

◆被害者支援団体、工場の内と外で責任を隔てる国の対応に怒り

泉南訴訟の最高裁判決後、厚生労働省はアスベスト工場の元労働者らについて、以下の2つの条件の両方に当てはまる場合、訴訟で和解する方針を決めた。

(1)1958年から71年までの間に石綿工場に勤めていた元労働者
(2)アスベスト関連疾患が原因とされる労災認定を受けている元労働者

麻袋再生業におけるアスベスト被害についても、ある程度はこれらの条件による和解は進むとみられる。

だが、被害者支援団体「中皮腫・アスベスト疾患・患者と家族の会」の古川和子会長は国の「訴訟上の和解」方針について、「そもそも国で簡単に調べら れることを裁判任せにして被害者に時間や訴訟費用を無駄にさせるのがおかしい。こんなものは救済でもなんでもない」と批判する。

たしかに和解条件の(1)と(2)のいずれも国が労災認定時に確認して資料を保有している。
国側は和解条件に当てはまる元労働者やその家族の情報をすでに手にしており、それらを見直して、和解条件に当てはまることを知らせることも可能だ。そこまでしないとしても、希望者の申請を受け付けて国が自ら審査すれば事足りる。

だが、国はいずれの方法も採用せず、あくまで民事訴訟による手続きにこだわっている。
民事訴訟で最高裁判決と同じ内容の訴訟と確認されれば和解するというのは、結局のところ、そうした行政本来の役割を放棄しているにすぎない。
元労働者や家族らがこうした国の方針を知らなければ、訴訟にもならない。それによって結果として訴訟が減り、賠償額が少なくてすむ。そんな姑息な思惑が透けてみえる。

しかもたとえば工場の外で「ふるい」作業に従事した元労働者などは和解対象から外される可能性がある。
熊取絹代さんら4人の住民も対象外だ。彼女たちはアスベスト曝露によって壁側胸膜にできるタコのような「胸膜プラーク」の所見があるが、これはアスベスト関連疾患に分類されないからだ。
仮に彼女たちが中皮腫などのアスベスト関連疾患を発症したとしても、やはり国の和解条件は満たさない。

泉南訴訟では工場内に出入りした運送業の元労働者も勝訴しており、今後も同様の被害者は国の和解条件を満たすとみられる。
同じように工場に出入りし、手伝いをしてきた熊取さんらがアスベスト関連疾患を発症した場合にも賠償するのが当然ではないだろうか。
だが、労働基準法や労働安全衛生法では「労働者」のみが保護対象で、熊取さんらはこれに該当しないためやはり対象外なのだという。

「工場内のアスベストが外に出て行ったら危険性がなくなるわけではない。工場の内と外で国の責任を隔てるべきではない」と古川会長は訴える。(つづく)【井部正之】

<大阪・泉南アスベスト訴訟を振り返る>一覧

※拙稿「最高裁判決で終わりではない 求められる最大限の安全配慮」『日経エコロジー』日経BP社、2015年1月号掲載を一部修正

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