R:それが女川原発ですね。
小出:はい。そのこと自体、女川で原子力発電をやること自体は、私にとってはむしろありがたいことだと思ったわけですが、建てる場所が電気を使う仙台ではなくて、女川という本当に小さな田舎の町に建てるという計画だったのです。そして女川の人たちが、「なぜ電気を使う仙台ではなくて、自分たちの町に建てるのか」という疑問の声を上げたのです。

R:地元としては当然の疑問ですね。
小出:それを聞いてしまいましたので「なぜだろう」と考えました。彼らが上げた疑問に答えなければいけない、答える責任があると私は思ったのです。そのように私が思ったのは、大学闘争に巡り合っていたからでした。

R:それはどういう意味ですか。
小出:だんだん大学闘争というのが何を問題にしていたかということから、私自身も逃げることができなくなっていました。考えたところ、大学闘争で問われていたのは、自分がやっている学問が社会的にどういう意味を持っているか、そのことにきちんと答える責任があるということだったのです。そうなると、私は原子核工学というところにいたのですけれども、その学問が社会的にどういう意味を持つか、原子力発電をやるということがどういう意味を持つのかということを、私の責任として答えるしかないと私は思ったのです。

で、まあ答えを求めて、なぜなのかとずーっと悩み続けました。長い時間が経ちましたけれども、今から思えば答えは簡単で、原子力発電というのは都会では引き受けることができない危険を抱えているから過疎地に押しつけるのだという結論に、私はたどり着きました。そうなれば、そんなものは到底認めてはいけないと思うようになりまして、とにかく原子力発電を止めさせなければいけないということで、その時点で180度自分の人生を変えました。