R:なるほど。その中で多くの研究者、同級生の方々は原子力ムラと闘う道を選ばず、原子力ムラに入る道を選択された方が多かったのではないですか。
小出:東北大学もそうですけれども、基本的には大学という所は、エリートとして社会に出て行って出世をするのが人間の価値みたいに思われているような世界です。
みんなそうやって思っているわけですし、大学を出た時は少しでも良い企業に就職しようと、みんなが思っていたと思います。それでも大学闘争という時代でしたので、私の周りの学生の多くは、社会的なステータスを求めていく道からは外れて、それなりに自分たちの生き方を探すという、当時ドロップアウトなどと言っていましたけれども、そのような仲間は多くいました。

R:なるほど。たとえドロップアウトと言われようが、小出さんが選択された道というのはもう全く悔いがない。間違ってなかったということですか。
小出:わかりません。私は少なくとも自分の人生最大の間違いというのは、原子力などに夢を持ってしまったことだと思っています。けれども、その愚かな過ちを犯したのは私なわけですから、その落とし前をつけるのは私でなければならないと思ったわけです。自分の愚かな選択の落とし前をどうやってつけるかということを考え続けてきました。

そして、原子力の場に残ってとにかく原子力を潰すために仕事をしようと思ったわけです。その私の思いがどこまで本当に効果があったか、役に立ったかということは、自分ではわかりません。ただし、京都大学では41年間ひとつの職場で解雇もされることなく、やりたい放題やり続けてこられましたので、恵まれた人生だったと思います。

R:そんな中でですね、今日は改めて女川原発のことをお聞きしたいのですが、4年前に東日本大震災がありましたが、女川原発は、福島第一原発のような大事故は起こさなかった。そのせいか今も現地では原発の安全神話が生きています。この現状をいかがお感じでしょうか?
小出:まあ、全くばかげたことですね。東京電力の福島第一原子力発電所があのようになってしまったのは、発電所全体がブラックアウト、つまり全所停電に追い込まれたからなのです。それは、外部の送電線も鉄塔もひっくり返ってしまって、外部からの電源が来なくなったからなのです。一方、女川原発は首の皮一枚で助かった。なぜかと言うと、一系統だけ鉄塔が潰れないで外部から電気が届いたからなんです。

外部の鉄塔が倒れるかどうかなんていうことは、まさに誰も予測できない。地震の強さによって、たまたま壊れてしまうということも起こり得たわけですから、女川原発の場合、もちろん一系統だけ生き延びてくれて良かったと思いますけれど、言ってみれば偶然なのです。そのことを忘れるべきではないと思います。
※小出さんの音声をラジオフォーラムでお聞きになれます。
「小出裕章さんに聞く 原発問題」まとめ