イラク人を拘束・身体検査をする米軍兵士たち (バグダッド市内、2003年4月 撮影 綿井健陽)

イラク人を拘束・身体検査をする米軍兵士たち (バグダッド市内、2003年4月 撮影 綿井健陽)

女性帰還兵はさらに苦難
女性帰還兵には、その性別ゆえの困難がある。女性兵士は男性兵士と比べて銃撃戦に遭遇し、直接銃撃される割合は低い(それぞれ、女性36パーセント、男性 47パーセントと女性7パーセント、男性15パーセント)が、遺体やバラバラになった身体の部分の収容など戦闘後の業務につく場合が多い(女性38パーセ ント、男性29パーセント)。このような任務の特性が、精神的な負担を増していると指摘する研究もある(34)。

もとより、子どもを産み慈しむ行為と、子どもを含めた「敵」を傷つける任務との隔たりは大きい。帰還後、以前のようには自分の子どもを愛することが できなくなる母親もいる。州兵として派遣され運転手の任務についていたアシュレイ・プレンさんは、派兵されたイラクで激しい銃撃戦のさなかに負傷した男性 兵士の応急処置をし、応戦した。彼女は、顔が見えるほど近くにいた「敵」を撃ち、三人を殺害したと思っている。

この「勇気ある行動」を称えて、アメリカ軍は、「ブロンズ・スター」勲章を授与した。しかし、帰国後、妊娠をきっかけに彼女の精神状態は悪化し、彼女は、出産後も感情の爆発をコントロールできず、子育てができない(35)。

「軍隊内の性的トラウマ」を負った女性は、精神的に健康を崩す可能性が高くなる。また、アメリカ社会では、女性兵士は、戦場における「本当の危険」 に曝されていないため、「本当の帰還兵」ではないとみなされる傾向がある。このような社会からの評価のために、女性帰還兵は、社会から支援・尊重されてい ると感じることができず、このことがさらに彼女らの精神的な負担を増加させる(36)。

いちかわ・ひろみ
京都女子大学法学部教授。同志社大学文学部、大阪大学法学部卒業。神戸大学法学研究科修了。専門は国際関係論・平和研究。著書に『兵役拒否の思想─市民的 不服従の理念と展開』(明石書店)。共著に『地域紛争の構図 』(晃洋書房)、『国際関係のなかの子ども』(御茶の水書房)ほか。
※本稿の初出は『人間存在の国際関係論』法政大学出版局(2015年)に収録された、市川ひろみさんの論考「『対テロ戦争』の兵士と家族」です。

【以下注】
(29) Brett T. Litz, "The Unique Circumstances and Mental Health Impact of the Wars in Afghanistan and Iraq", http://www.ptsdsupport.net/PTSD_a_new_generation.html (2014年9月22日).
(30) 2007年11月―08年5月に行なわれた、義務的な派遣前医学判定調査による2543名のニュージャージー州兵のデータにもとづく。25パーセント近くが少なくとも1回以上イラクあるいはアフガニスタンに派兵された経験があった。複数回派兵された兵士は、派兵されたことのない兵士に比べて、PTSDや深刻なうつ状態と判定される人が3倍以上、慢性的な痛みは2倍以上で、対象の90パーセントの人が、一般的な身体的機能を下回っていた。Anna Kline, Maria Falca-Dodson, Bradley Sussner, Donald S. Ciccone, Helena Chandler, Lanora Callahan, and Miklos Losonczy, "Effects of Repeated Deployment to Iraq and Afghanistan on the Health of New Jersey Army National Guard Troops: Implication for Military Readiness," American Journal of Public Health, vol. 100, no. 2 (February 2010), pp. 276-283.
(31) Kathleen E. Bachynski, Michelle Canham-Chervak, Sandra A. Black, Esther O. Dada, Amy M. Millikan, and Bruce H. Jones, "Mental Health Risk Factors for Suicides in the US Army, 2007-8," Injury Prevention, 2012, DOI: 10,1136/injuryprev-2011-040112.
(32) 全米ホームレス帰還兵連合(National Coalition for Homeless Veterans)による。http://nchv.org/index.php/news/media_information/ (2013年5月12日)。合衆国住宅都市開発省(the U.S. Department of Housing and Urban Development)によると、2012年1月のある所定の日に6万2619人の帰還兵がホームレスとして路上にあった。Jason Kravitz,"HUD Reports Slight Decline in Homelessness in 2012,"HUD,no. 12-191(December 10,2012).
(33) Homeless Incidence and Risk Factors for Becoming Homeless in Veterans (Department of Veterans Affairs Office of Inspector General), Report no. 11-03428-173, (May 4, 2012).
(34) Street, "A New Generation of Women Veterans," p. 687.
(35) 高倉基『母親は兵士になった―アメリカ社会の闇』(日本放送出版協会、2010年)、169―189頁。
(36) Street, "A New Generation of Women Veterans," p. 692.

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