バグダッド市内中心部を制圧した米軍兵士たちとイラク市民 (2003年4月 撮影綿井健陽)

バグダッド市内中心部を制圧した米軍兵士たちとイラク市民 (2003年4月 撮影綿井健陽)

 

州兵の場合は一般社会において職業についている人が動員されるため、派兵されている間に自営業を続けることができなくなったり、職を失うなどの問題が生じる。兵士が稼ぎ手であった場合、家族は経済的に困窮する。

戦場から「無事に」戻り、再会を喜びあう家族であっても、苦悩は終わらない。兵士は、戦場での経験のために、自らの親しい人たちに深刻な影響を及ぼ す。対人関係で重大な攻撃性を見せる可能性は、過去1年以内に派遣された兵士の方が、派遣されなかった兵士に比べて大きい(44)。

また、軍隊での訓練や戦闘で身につけた攻撃性は、パートナーとの関係に否定的に作用する傾向が見られる。配偶者への暴力について、軍人と民間人を統 計的に比較すると、とくに深刻な虐待は軍人の方が多い(45)。2002年には北カリフォルニアのブラッグ基地で、4人の女性が夫に殺されている (46)。

親が帰還し、ふたたび一緒に暮らすことは、子どもにとってはまた新たな環境への適応を迫られることを意味する。親の帰還は、子どもたちが親の不在の 間に担っていた責任から解放されるという側面がある一方で、自らが行使していた権限を失うことでもあり、精神的なストレスともなる。

親が心身に傷を負っている場合はなおさら、子どもたちにふりかかる困難は大きくなる。親がトラウマに苦しむ姿を見て、同じような症状を発症する(二 次的トラウマ化)こともある(47)。子どもは、親が幸福でないのは自分が悪いからだと、自分を責めてしまう。先述のように、親から肉体的・精神的に虐待 される場合も少なくない。自分に対する親からの低い評価を内面化させてしまい、自尊感情をもてないこともある。

さらに、この子どもたちは、友人関係を構築したり維持することがむずかしい。親に必ずしもPTSDの症状がなくとも、無関心、無感情といった症状は、子どもとかかわる意力も、交わりを楽しむ能力も低下させ、子どもとの関係性の質が下がる。

このような環境が子どもにもたらす影響は、計り知れない。親がヴェトナム戦争中に行なった虐待行為と、15―20年後の子どもの行動障害には明確な関連が認められるとする研究もある(48)。(続く)

いちかわ・ひろみ
京都女子大学法学部教授。同志社大学文学部、大阪大学法学部卒業。神戸大学法学研究科修了。専門は国際関係論・平和研究。著書に『兵役拒否の思想─市民的 不服従の理念と展開』(明石書店)。共著に『地域紛争の構図 』(晃洋書房)、『国際関係のなかの子ども』(御茶の水書房)ほか。
※本稿の初出は『人間存在の国際関係論』法政大学出版局(2015年)に収録された、市川ひろみさんの論考「『対テロ戦争』の兵士と家族」です。

【以下注】
(37) Tom Leonard, "US Army In Battle to Cut Divorce Rate," Telegraph, (December 31, 2004, )http://www.telegraph.co.uk/news/worldnews/northamerica/usa/1480120/US-army-in-battle-to-cut-divorce-rate.html (2014年9月21日).
(38) Lea Shamgar-Handelman, Israel War Widows: Beyond the Glory of Heroism (Massachusetts: Bergin and Garvey Publischers, 1986); Peter J. Mercier and Judith D. Mercier, eds., Battle Cries on the Home Front: Violence in the Military Family (Springfield: Charles C. Thomas Publisher, 2000); Donna Moreau, Waiting Wives: The Story of Schilling Manor, Home Front to the Vietnam War (New York: Atria Books, 2005). ,Shaul Kimhi and Hadas Doron, "Conscripted without Induction Order: Wives of Former Combat veterans with PTSD Speak,"psychology,vol.4,no.3(2013),pp.189-195ほか。
(39) 調査対象となった家族には、結婚していない親、将校、両親ともに兵士である家庭は含まれていない。Deborah A. Gibbs, Sandra L. Martin, Lawrence L. Kupper, and Ruby E. Johnson, "Child Maltreatment in Enlisted Soldiers' Families During Combat-Related Deployments," The Journal of the American Medical Association, vol. 298, no. 5 (August 1, 2007), pp. 528-535.
(40) Sheppard, Malatras, and Israel, "The Impact of Deployment on U.S. Military Families," p. 599.
(41) 宮西香穂里「従軍する日本人妻」、青弓社編集部編『従軍のポリティクス』(青弓社、2004年)、191―214頁参照。
(42) Angela J. Huebner Jay A. Mancini, Ryan M. Wilcox, Saralyn R. Grass, and Gabriel A. Grass, "Parental Deployment and Youth in Military Families: Exploring Uncertainty and Ambiguous Loss," Family Relations, 56 (April 2007), pp. 112-122.
(43) Nancy A. Ryan-Wenger, "Impact of the Threat of War on Children in Military Families," American Journal of Orthopsychiatry, vol. 71, no. 2 (April, 2001), pp. 240-242.
(44) その割合は派遣の期間が延びると高くなる。派遣されない場合と比較して、三カ月以内の派遣では比較的軽い虐待は0.79パーセント、3―6カ月で1.76パーセント、6―12カ月の派遣では4.76パーセント増

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