シリア難民で元アラブ紙特派員のフェルハッド・ヘンミ記者(30)は家族とともにシリア・コバニから脱出、ヨーロッパを縦断し、親戚 のいるドイツにたどり着いた。そこで難民申請し、施設に収容され審査ののち、アパートを割り当てられ新たな生活が始まった。今の暮らしについて、電話で直 接話を聞いた。【聞き手:玉本英子】

◆「幼い娘たちの明日の命の心配をしなくてよくなったことに感謝」

施設で審査を終え、私たちは、行政当局からアパートを割り当てられました。難民専用住宅ではなく、一般のアパートです。2部屋で小さな台所があり、 いつもシリア料理をつくっています。遠くでなければ自由に外出できます。今、仕事を持っていないので、スーパーマーケットに行くぐらいです。

行政からは、2週間ごとに200ユーロ(約2万5000円)を受け取っています。妻と幼い娘2人で、なんとか食べていけます。何よりも砲弾が飛んでくることはないのです。明日の命を心配しなくていい。私たちを助けてくれた人びとや政府、行政機関には心から感謝しています。

シリア・コバニから脱出したフェルハッドさん一家。ドイツ西部にたどり着き、収容、審査を経て、アパートを割り当てられ新たな生活が始まった。写真はフェルハッドさんの妻と娘たち。(フェルハッドさん撮影:2015年9月)

シリア・コバニから脱出したフェルハッドさん一家。ドイツ西部にたどり着き、収容、審査を経て、アパートを割り当てられ新たな生活が始まった。写真はフェルハッドさんの妻と娘たち。(フェルハッドさん撮影:2015年9月)

 

私は英語が話せるので、近所のドイツ人たちとは英語でコミュニケーションをとります。かれらは親切で今のところ差別などは感じません。とくに私の子どもた ちには優しくしてくれ、おもちゃなどを頂いたりしました。食事に呼んでもらったりもしました。私たちは、ドイツ料理は初めてなので戸惑いますが、感謝の気 持ちでいっぱいになります。ただ、難民の多くは、ドイツ語はもちろんのこと、英語もできないので、地元の人たちと頻繁に付きあうことはないようです。文化 や習慣も違うのでストレスを感じている人もいると聞きます。

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