3年半ぶりに取材したシンジャルの中心部。ISが拠点としていた建物は、米軍の空爆で破壊された。現在、ヤズディ教徒の治安部隊が町を防衛する。(2016年3月撮影:玉本)

3年半ぶりに取材したシンジャルの中心部。ISが拠点としていた建物は、米軍の空爆で破壊された。現在、ヤズディ教徒の治安部隊が町を防衛する。(2016年3月撮影:玉本)

 

私は20年近く、おもに中東での取材を続けている。その中でもいちばんつらい経験のひとつが、いまイラクで起きている悲劇だ。北部地域には、クルド系の少数宗教ヤズディ教徒が暮らしてきた。フセイン政権下では移住を強いられ、イラク戦争後はスンニ派武装組織から攻撃にさらされた。ヤズディの過酷な歴史を知るために、私は繰り返し北西部シンジャルと、その周辺地域を訪れてきた。この地域が、過激組織「イスラム国」(IS)の襲撃を受けたのは2014年8月のことだ。ISはヤズディの町や村を包囲し、住民にイスラム教への改宗を迫った。拒んだ男性たちは次々と虐殺された。女性は「奴隷」としてISの支配地域へ送られ、戦闘員に分配され凌辱された。かろうじて脱出できた住民約10万は、イラク・クルド自治区に逃れ、いまも多くが避難民キャンプのテントで暮らす。

ISに制圧されたシンジャルがクルド部隊によってISから解放されたのは昨年11月。私は今年3月、部隊に同行し、町に向かった。銃を携えたクルド兵の車両で、草原地帯に伸びる幹線道を走る。あちこちに破壊された民家が点在し、ISが仕掛けた爆弾で道路にいくつもの大きな穴があいていた。
シンジャルの中心部に入ると、大通りに並ぶ建物のほとんどは崩れ落ち、瓦礫となっていた。ISの拠点となっていたため、米軍・有志連合の戦闘機が激しい空爆を加えたためだ。ぐにゃりと折れ曲がった商店のシャッター、壁には無数の弾痕。かつて私がここを訪れたとき、買い物や食事を楽しむ人びとの姿があった。いまは警備の兵士しかいない。郊外にはまだIS部隊が布陣している。だが、いまも危険と隣り合わせのこの町に、一部、住民が戻り始めた。アザディ地区には7世帯が帰還していた。
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