名古屋市の地下鉄・六番町駅を視察し、風向調査を実施する検討会委員(2014年12月撮影・井部正之)。

名古屋市の地下鉄・六番町駅を視察し、風向調査を実施する検討会委員(2014年12月撮影・井部正之)。


◆名古屋市地下鉄・六番町駅で最高濃度のアスベスト~駅利用者のリスクは?

2013年12月の名古屋市営地下鉄・六番町駅におけるアスベスト飛散事故で、これまで最高濃度とされてきた空気1リットルあたり700本という測定値が実際には100倍超の同7万5000本だったとの分析結果を市が1年以上も“隠ぺい”あるいは放置していた事実はすでに報じた通りだ。(井部正之)

“隠ぺい”かどうかは別にしても、市が自ら「重要」と認める分析結果について1年以上も報告をおこたり、外部有識者による検討会を軽視する対応をしてきたことは間違いない。

もう1つ重要な問題は、今回明らかになった分析データが健康リスクにどう影響をおよぼすのかということだ。六番町駅構内でのアスベスト飛散濃度がこれまでの100倍を超える7万5000本になったことで、駅利用者らの健康リスクもそれだけ増加することになるのだろうか。

2014年5月以降、名古屋市交通局は外部有識者で構成する「六番町駅アスベスト飛散にかかる健康対策等検討会」(座長:那須民江・中部大学生命健康科学部スポーツ保健医療学科教授)で地下鉄利用者などへの健康リスクを検証している。

現在、同検討会は事故当時のアスベスト飛散状況をコンピューターによる拡散シミュレーションによって評価する方針だ。その基礎データとなるのが、事故当時の測定値である。

アスベスト除去作業当時、駅構内でアスベスト濃度を調べた測定データは2013年12月12日午前9時15分から同10時15分までの1リットルあたり700本(総繊維濃度は同1100本)と翌13日午後3時10分から同4時3分までの同100本(総繊維濃度は同110本)という2つしか存在しない(現行の最大濃度の仮定は第6回検討会資料の資料41参照)

そのためシミュレーションでもこれらの測定値を基本とせざるを得ない。ただし、2015年6月15日の検討会で市は「健康影響への評価を行うためのシミュレーションであることから、安全側で実施する必要がある」と委員に求められたため、アスベスト濃度の実測値である1リットルあたり700本ではなく、アスベスト以外の繊維も含む総繊維数濃度の同1100本を「仮定濃度」として採用したと説明している。市は「これによりシミュレーションは、実測されたアスベスト濃度より約5割増しの濃度で実施しています」と“安全側”で試算していることを強調する。(第5回検討会議事録

今回明らかになった1リットルあたり7万5000本という分析結果は、上記の同700本(総繊維濃度で同1100本)との測定値を出した試料(ポンプで空気を引き込んでアスベスト粉じんを吸着させたフィルター)を再分析した結果得られたものだ。当然この測定値を「仮定濃度」に採用すべきと考えたくなるのだが、そう単純な話でもない。

この詳細分析は、総繊維濃度の測定に使う光学顕微鏡である位相差顕微鏡では視認できない微細・微少なアスベスト繊維まで計数しているため、単純な比較はできない。ただし計数の際、繊維のサイズごとに4つに分類しており、通常の計数方法である、長さ5マイクロメートル(マイクロ=μは100万分の1。1000分の1ミリメートル)以上、直径0.2~3マイクロメートル未満についても報告されている。すでに報じた1リットルあたり3100本という測定値がそれだ。

この測定値は通常と同じ計数条件である以上、シミュレーションの基礎データとして採用すべきではないか。

しかし、これまた単純に置き換えるというわけにはいかないようなのだ。

アスベストの調査や分析、そしてリスク評価に詳しいNPO(非営利法人)、東京労働安全衛生センター(代表理事:平野敏夫・ひらの亀戸ひまわり診療所所長)の外山尚紀氏はこう説明する。

「アスベストが飛散した。しかもたくさん飛んだことをさらに裏付ける証拠ではあります。しかし、分析に使用した3つの顕微鏡はそれぞれ別物で、アスベスト濃度の相関は見つかっていません」

総繊維濃度は位相差顕微鏡(光学顕微鏡)を使って400倍程度の倍率で計数する。その結果、得られたのが1リットルあたり1100本という測定値である。ただしこれにはアスベスト以外の繊維も含む。

一方、アスベスト繊維の同定では電子顕微鏡が使われる。名古屋市環境局が監視活動において採取した試料を分析しているのは市の調査研究機関「環境科学調査センター」であり、同センターが採用しているのは走査型電子顕微鏡(Scanning Electron Microscope=SEM)だ。このSEMにより1000~2000倍程度の倍率で、上記の通り、通常の計数範囲を調べた結果が同700本である。

今回の3100本/リットルという分析結果はさらに倍率の高い透過型電子顕微鏡(Transmission Electron Microscope=TEM)によって得られたものだ。これらの顕微鏡は倍率だけでなく、測定原理も違っていて単純に比較できないのだという。では実際にどの測定値を使って健康リスクの評価をすべきなのか。

外山氏は過去に別の自治体で実施した健康リスク評価からこう指摘する。

「過去のリスク評価は(アスベスト以外の繊維を含む)総繊維濃度で実施されており、アスベスト濃度の700本/リットルだけを採用すると過小評価になるおそれがあります。一方、3つの測定値は相関がわからないだけで、いずれも正しい測定値です。ですから、700~3100本まで幅を取るべきではないか」

市や検討会がいう「安全側で(シミュレーションを)実施する必要がある」との立場であれば、もっとも高濃度の測定値である3100本/リットルを採用すべきではないかと筆者は考えていたが、外山氏の指摘も合理的と感じた。

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