たばこ片手に新装した大型孤児院を視察する金正恩氏 2015年1月の労働新聞より

たばこ片手に新装した大型孤児院を視察する金正恩氏 2015年1月の労働新聞より

◆金正恩時代のコチェビ

2000年代になっても全国の市場や駅前に集まっていた「コチェビ」の姿が、金正恩時代に入って随分減ったと、北朝鮮内部の協力者たちは言う。行政の中堅幹部を務める女性の協力者は、2012年に次のように話していた。

「『コチェビ』の姿を一切見えなくせよ。孤児院を建てて収容せよと、中央から指示がありました。なんでも、韓国と日本のテレビで繰り返し『コチェビ』の姿が放映されて金正恩同志が激怒して命令したとのことです」

この件については、いささか思い当たる節がある。情報鎖国である北朝鮮の取材は検証が難しい。私の所属するアジアプレスの北朝鮮取材チームでは、証拠力の強い情報を世に提示することを心がけてきた。そのためには、写真、音声、映像、文書など、北朝鮮内部の一次情報を得ることが何より重要だ。

北朝鮮内の取材パートナーたちは、2000年代前半から各地で秘密裏にビデオ撮影を続けてきた。撮影された映像には「コチェビ」の姿がたくさん映りこんでいた。どこの街でも、市場や駅頭には「コチェビ」が大勢いた。そして、その映像は日韓欧米のニュースで繰り返し放映された。

北朝鮮当局が、平壌中心部を綺麗に整理して外国人に見せ、国営メディアで「発展ぶり」を宣伝しても、「コチェビ」の存在が外部に晒されると、その努力は効力を薄め、絶対的指導者の威厳を傷つける結果になった(私たちは、ありのままを伝える努力をしただけだが)。

金正恩氏が直々に「コチェビ」収容を命じたのだとすれば、貧困や失政の「強い証拠力」たる「コチェビ」映像に、敵意を持ったからなのだと思う。

金正恩政権は、平壌や元山(ウォンサン)に、大型で眩いばかりの孤児院を作った。金正恩氏はここを繰り返し訪れて、子供を抱機し頭を撫でるポーズを取って、「指導者の子供愛」を宣伝している。

それでも、「コチェビ」の姿は、北朝鮮の街から消えていない。子供の「コチェビ」は、親が死んだり、我が子を養えなくなって捨てられたりしたため生み出される。まだ北朝鮮には、極度の貧困に喘ぐ人が大勢いる。福祉制度は90年代に破たんしたまま放置されている。制度的なセーフティネットはまったく機能していない。

金正恩氏が「コチェビ」を本気でなくしたいのであれば、宣伝用の豪奢な大型孤児院を建てるより、地道に弱者救済の制度を再建するのが、何より早道だと思うのだが。(石丸次郎)

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