IS掃討戦 住民にも被害
チグリス川の恵みをたたえるイラク第2の都市モスル。私は2003年以来、この町を訪れてきた。ここではいま、過激派組織「イスラム国」(IS)とイラク軍との攻防戦が続く。今回、ISが撤退した地区に入って取材することができた。(玉本英子)

ISを狙った空爆が民家に着弾して、バシャールさんは家族を失った(モスル市内で2月下旬・玉本英子撮影)

 

かつてレストランが立ち並び、家族連れでにぎわっていた大通りに人の姿はなかった。建物の壁には無数の銃弾の痕が残り、戦闘の激しさを物語る。少し先では黒い煙があがり、ドーンという砲弾の炸裂(さくれつ)音や銃声が鳴り響いていた。

モスルがISに制圧されたのは2014年6月のことだった。町を防衛していたイラク軍や警察は、自爆攻撃やゲリラ戦術の前に敗退。以降、ISは独自解釈したイスラム法のもと、公開処刑やキリスト教徒追放など力による恐怖支配を進めてきた。

昨年10月、イラク軍は大部隊を投入してモスル奪還作戦を開始。米軍主導の有志連合の空爆支援も受けながら、これまでに町の一部を解放した。「まだスナイパーがたくさん潜み、狙撃してくる。油断はできない」。イラク兵は緊張した面持ちで言った。

市南部ソメル地区は今年1月、イラク軍によって奪還された。住民のバシャール・ファティさん(30)が自分の家に案内してくれた。昨年12月末に空爆で破壊されたという。2階建ての家は崩れ落ち、コンクリートの瓦礫(がれき)だけが残っていた。「なぜ空爆されたのか分からない。この家にも、近くにもISはいなかったのに」

 彼は近くの親族のもとにいて無事だったが、家にいた父親、近所の女性と20代の息子、9歳の少女と生まれて間もない幼児の5人が亡くなった。バシャールさんと残された家族は破壊を免れた隣の民家に身を寄せている。母親は足に重傷を負い、ベッドに横たわったままだった。

「お祈りの時間でした。爆音とともに家が崩れ、気がついたら夫が死んだと聞かされた」と、彼女は顔をゆがめた。近所では他に4人が空爆で亡くなった。

「ISの支配がはじまると、イラク軍兵士だった兄は捕まり殺された。そして今度は空爆で父が殺された。なぜこんな目に遭わなければならないのか」。バシャールさんは言う。
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