◆「行政が絵を描いて政治に花を持たせただけ」の声

泉南アスベスト国賠訴訟の最高裁判決後、抗議行動が厚労省前で行われた。厚労省は和解条項の誠実な履行ができるのか(2014年10月・井部正之撮影)

厚生労働省はアスベスト被害者に対する国の賠償義務について、該当する可能性のある人びとに対し、手紙などで直接周知する方針を明らかにした。
2014年10月泉南アスベスト国賠訴訟最高裁判決で、石綿工場の元労働者らに対する国の賠償義務が確定。同12月には、賠償義務を「周知徹底する」ことを含めた和解条項に国は同意した。

ところが、同省が実施してきたのは病院や自治体にポスターを貼ったり、リーフレットを置いてもらうだけ。同省は労災保険の受給者名簿など、該当者をある程度絞り込める名簿を保有しているにもかかわらず、手紙などで直接請求権を知らせてこなかった。しかも1年以上前から被害者団体らが個別送付による周知を求めてきたが、「誤解や混乱を招く」などとして拒否してきた。その結果、周知を開始してから実際に提訴にいたったのは被害者団体「中皮腫・アスベスト疾患・患者と家族の会」(古川和子会長)の推計該当者数の1割程度の135件(原告数は252人)に留まる。

この問題は5月30日、参議院厚生労働委員会で共産党の倉林明子議員に取り上げられ、塩崎恭久大臣は労災保険受給者とじん肺管理区分決定を受けている者に個別に「送るという方向で検討」すると前向きに答弁した。

塩崎大臣の答弁後である6月1日、同省労働基準局総務課石綿対策室の矢野裕介・企画調整係長に確認したところ、「個別周知については実施します」と、ようやく方針を改めたこと明らかにした。

塩崎大臣の答弁によってそういう方針を変更したのかと聞くと、「大臣がいったからやることにしたのではなく、事務方で実施について検討して決めた」という。

だが、委員会のインターネット中継を聞く限り、事務方の山越敬一労働基準局長が「労災保険受給者への周知を図っていく」としたのに対し、塩崎大臣は労災保険受給者に加え、労災保険の受給には至っていない、じん肺管理区分決定を受けた者も対象に加えるよう求めており、両者の答弁内容には微妙なずれがある。

矢野係長に質すと、「そういうわけではない。方針は事前にご了承いただいていた内容を(塩崎大臣らに)答弁していただいていた。局長はやる方向での検討で、(答弁は)大臣も局長も同じとご理解いただければと思います」との回答だった。

山越局長は「国賠で和解手続きに進む対象になり得る方に周知を行っていきたいと検討している」と最後に答弁しており、「対象になり得る方」に労災保険受給者に加え、じん肺管理区分決定を受けた者も含まれると読むことは可能だ。

しかし、その点を明確にした回答ではなかったため、倉林議員が食い下がり、塩崎大臣からそれら両者に対して個別に周知すると回答を得た。

その経緯からすると、詳細をあいまいにした行政に対し、政治側の大臣がもう一歩進めるよう求めたとの構図だ。これが既報した内容である。

一方、矢野係長は事務方で方針変更を決定し、それを大臣らに答弁してもらったと説明している。だとすると、本来なら山越局長と塩崎大臣の答弁のずれも起こるはずはない。

そこから考えられるのは、この政治が行政を動かしたとの構図が行政によって描かれたものではないかということだ。

前出「家族の会」事務局の片岡明彦氏は「山越局長も塩崎大臣も最初ずっと手元のペーパーを読んで答弁していた。実際には方針は前もって決まっていて、行政が絵を描いて政治に花を持たせただけ」と解説する。

泉南アスベスト訴訟の最高裁判決後の12月、大阪・泉南を訪ね、「心からおわび申し上げます」と原告らに謝罪し、第1陣原告と和解したのは塩崎大臣だ。その和解条項が適正に履行されていないとなれば、塩崎大臣の責任ともなりかねない。それが大臣の一声で現場が動いたかのような演出ができれば、いっけんメディア的にも収まりがつく。そんなところだろうか。
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