イラク軍基地を訪れた、米軍兵士たち。(イラク・ティクリートで2009年撮影・玉本英子)

人を殺傷できる武力をもつ軍隊では、兵士が上官の命令に服従しなければならないのは当然である。ところが、一方では、下された命令が違法であった場合には、兵士はその命令に従ってはいけないとされる。

換言すれば、兵士はみずからその合法性を確認した上で遂行する責務があるということである。しかしながら、兵士が違法であると考える命令を拒否することは権利として保障されておらず、処罰の対象とされる。

選択的兵役拒否が認められていない現状では、違法な命令を下された兵士は、それに従って戦争犯罪者となるか、それに逆らって処罰-最悪の場合、処刑されるかも知れない-されるかしか、選択肢はない。

それでもなお、違法な戦争に加担することになる命令を拒否する人々がいる。彼らは極少数であるが、その存在の意味は重い。兵役拒否(選択的兵役拒否を除く)の歴史を振り返れば、徴兵に応じよという命令に対して、自らの信仰・良心に従い兵役を拒否する一人ひとりがあってはじめて、兵役拒否は権利として承認されるようになったのである。

違法な命令を拒否する兵士が提起するのは、国家の政策が誤っているとき、形式的な合法性に従って行動していてよいのかという私たちに対する問いでもある。適法であるかどうかをことさらに言いたてて、物事の本質を見ようとしない姿勢、適法かどうかさえ脇におき、権力者に忖度する態度が厳しく批判されている。

不正な命令には唯々諾々とは従わないという兵役拒否の考え方は、「おかしいと思ったことには、ちゃんとおかしいと言う」という点では、誰にとっても大切なテーマである。
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