元はピンク色だった汐凪さんのマフラーを持つ紀夫さん。昨年12月9日、この中から細かい骨のようなものが見つかった。(2016年12月27日 大熊町熊川地区にて撮影:尾崎孝史)

 

◆事態を動かした中間貯蔵施設の足音

「電信柱などのがれきを取り除きたいが、町は重機の使用を認めてくれない」。紀夫さんは、そんな悩みをある手段を講じて解決することにした。

木村家の周辺は、県内各所で集められた汚染土などを処理するための中間貯蔵施設の候補地になっている。施設の本格着工を前に大掛かりな捜索をして欲しいと、環境省に相談することにしたのだ。

「相手をしてくれた職員は4人でした。そのうちの2人は、汐凪の捜索をどう進めるか、打ち合わせるために来てくれました。あとの2人は、大熊にある僕の土地を中間貯蔵施設のために貸すよう、説得する役回りでした。私はずっと拒否していましたが、それでも訴えは続けると」

11月9日、環境省と中間貯蔵施設の建設に関わる作業員による捜索が始まった。20日には紀夫さんと仲間も加わり、総勢百人ほどの体制になった。汐凪さんが津波に襲われた時に背負っていたとみられるランドセルも見つかった。

捜索現場には、がれきの中から見つかったものを集めておく場所がある。12月9日、作業員はそこで汐凪さんにつながるものを目にした。

「子どもさん用のマフラーみたいなものが見つかって、天日干しをしていた時のことです。女性の作業員が土を払って綺麗にたたもうとしたら、中から骨のようなものが出てきて。しかも、少しの量じゃなくて、ばたばたっと出てきたんですよ。それで、すぐ上の者に連絡をして警察を呼んで、という感じでした」

紀夫さんが週末の捜索に向けて移動しようとしていた金曜日、原発の町最後の行方不明者、汐凪さんは発見された。

12月11日日曜日、紀夫さんが捜索を終えて帰路につこうとしていた頃、今度は別の骨が見つかった。紀夫さんは、この日のことを仲間に伝えた。

「今日、治療して詰め物のある奥歯がついた左顎の骨が見つかりました。人間の骨であることは明白で、だとしたら汐凪以外のものであることは考えられません。汐凪が帰ってきました」

紀夫さんが発信したメールを受けて、木村家を支援してきた仲間は次々とメッセージを寄せた。「胸がいっぱいです」、「お帰りなさい、汐凪ちゃん」。誰もが捜索を続ける紀夫さんの体調を案じ、続報を待った。
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