延辺の地方都市の自宅前に立つキョンミさんと「夫」だったヨンギさん。キョンミさんは「北朝鮮花嫁」としてこの家で3年10カ月を過ごした。2000年3月撮影石丸次郎

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――この赤ん坊は北朝鮮から連れてきたんですか?

「いいえ、中国で生まれた子です」

私の問いにキョンミさんはこう答えた。私の目の前でキョンミさんの乳房にしゃぶりついている赤ん坊の名はキルファ(吉華)。日本から北朝鮮に帰国したキョンミさんの父から数えると、「在日帰国者3世」であり、また「北朝鮮難民2世」ということになるだろうか。母親のキョンミさんが非合法状態のため、キルファは無国籍である。父親は中国の朝鮮族だ。

何度か述べたが、中国東北部の農村、とりわけ朝鮮族の農村の「嫁不足」は大変深刻な問題になっていた。親としては、何としても息子を結婚させたいし孫も欲しい。そんな状況のところに、北朝鮮の若い娘たちが、飢えた難民としてではあるが、中国に密かに渡ってくるようになった。1996年頃からのことである。

彼女たちは、もちろん中国では不法入国者であり、存在が発覚すると北朝鮮に送還されてしまう。匿った家も高額の罰金を科される。しかし、そんなリスクを冒してでも「北朝鮮難民花嫁」を歓迎する朝鮮族農家はゴマンとあるのだった。ほかのどこを探しても、農家に嫁ごうという若い女性など中国にはいないからだ。

このような「需要」があると、紹介業がる。北朝鮮との国境沿いの家と話をつけて、若い娘が渡ってくると各地に送り出して紹介料を稼ぐブローカーも多い。北朝鮮の娘たちは、飢えから逃れるために不法にしてきたため、相手の年齢や経済程度、容貌などに条件をつけることには限界がある。

むしろ渡りに船とさっさと「嫁入り」に応じるケースも少なくない。保護してもらうことを担保に「結婚」に応じるわけだ。この紹介業は、人身売買と紙一重である。悪質なブローカーもいて、北朝鮮の娘をで編して強姦したあげくに、漢民族に「ノリゲ」(オモチャ)として売り飛ばすケースも跡を絶たない。

しかし、たとえどんなにい目に遭わされても、北朝鮮の女性たちは訴えていく先がない。訴えることが北朝鮮送還につながるからだ。彼女たちにまつわる悲劇的な事件は中国でもたびたび表沙汰になって報道されており、現地では「人身売買打倒」キャンペ-ンも展開されていた。

かくして、吉林、黒竜江、遼寧各省の朝鮮族農村には、膨大な数の「北朝鮮花嫁」が迎えられるようになった。私の現地取材の実感では、各地に点在する数千に及ぶ朝鮮族の農村で、北朝鮮難民女性のいない村はないと思えるほど多いのだ。

嫁不足に共同体存続の危機感をらせるような村では、村長以下、村全体で彼女らの秘密を守り、公安による「北朝鮮難民狩り」から「難民花嫁」を守っているケースまである。

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