キルスの祖母・キム・チュノクさんは「子どもたちを死の地から救い出してください」と書いたプラカードを準備して北京のUNHCR事務所に入った。2001年6月撮影石丸次郎

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決行当日に話を戻そう。

北京市の中心部の朝陽区亮馬河のカフェを出た一行は、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の入るビルに向かった。私が後ろから連いて行った班は、ビルの後門から門衛の前を通り過ぎようとした。すると、やはり門衛に中国語で呼び止められてしまった。

支援のメンバーがパスポートを見せて「ニュージーランド大使館に行く」と英語で言うと、門衛はじろりと一行を眺め回した。私もパスポートを見せる。難民2人にも身分証提示を求められたら、この計画は、文字どおり門前払いとなって水泡に帰してしまう。幸い門衛はアゴで、行けと合図して私たちを通過させた。

待ち合わせのエレベーターホールに最初に着いたのは、最後発の私の連いた班だった。数分の間隔を置いて全員が集まった。これでビルに入るという第一関門は突破した。エレベーターに乗り込んで2階に向かう。降りて左に折れるとUNHCR事務所だ。この入り口にもガードマンが大きな机を置いて警備に当たっていた。

「約束してあるから……」、文氏はそう言って、大人数に当惑気味のガードマンをほとんど無視するように事務所のガラス戸を開けた。難民一家は、早く事務所の中に入り切りたいのだろう、足取りが速くなってムカデ歩きのように団子状態になってぞろぞろと入って行く。

あれよあれよという間に、一行は事務所の中に入り切ってしまった。受付の中国人女性職員は突然の団体訪問に顔色を変えて訊いてきた。

「アポイントは取ってあるんですか?」

駆け込み籠城しようというのにアポイントなんかあるはずがない。が、リーダーの文氏は、

「はい、もちろん。さあ、代表を呼んでもらおうかな」

そして、そう言うとくるりと振り向くや、まだ事情がよく飲み込めずこわばった表情のまま立ちすくんでいる7人の北朝鮮難民のほうを向いて言った。

「さあ、皆さん!ここが国連の事務所です。安心しなさい。これで、あなたたちは助かりましたよ」

この言葉を聞くと、それまでフリーズしていた7人の表情がみるみる解け始めた。

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