キルスの母・チョン・ソンミさん。中国脱出後に写真館で撮った写真。2001年3月に中国公安に逮捕、北朝鮮に送還され生死は不明

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その後事態は急展開を見せる。

まずメディアだが、6月26~27日にかけて主だった外信の多くがトップ記事扱いでこの事件を報じた。ワシントンポストは社説でもこの事件を扱った。UNHCRジュネーブ本部は記者会見の中で、一家を国際法上の難民と認定するとコメントした。また、韓国政府はキルス家族全員の受け入れを表明する。

翌27日からUNHCR北京事務所と中国当局との協議が始まった。中国政府は「中国と朝鮮の問に難民問題は存在しない」という従来の立場を繰り返したが、キルス一家については人道的見地から対処するとコメントを出した。

29日、中国政府はキルス一家の第三国への出国を容認。午前中に一家は中国を出国してシンガポール経由でフィリピンへ向かった。そして30日午後6時過ぎ、キルスー家は韓国仁川(インチョン) 国際空港に到着した。

中国政府の驚くほどの「あきらめの早さ」はなぜだったのだろうか? 実は、この籠城事件が勃発した数日後に、2008年度の五輪開催地を決定する会議が控えていた。国策として北京を立てていた中国は、海外から人権問題で批判を浴びるのを避けるため、早く厄介払いするのが得策だと判断したと思われる。

北朝鮮政府は外務省報道官がすぐさま談話を発表した。

「キルス一家は平凡な脱北者にすぎず難民ではない。今回の事態は韓国政府内の一部不純分子が引き起こしたもの」

舌打ちが聞こえてきそうな苦々しさに満ちたコメントだった。

キルス一家が電撃的に中国を出国しシンガポールに向かったという報せを私が聞いたのは、あたふたと中国を出国してからのことだった。籠城は成功しメディアも集まったのだから長居は無用、支援者たちも私も、別々にすぐに中国を離れたのだ。

ほぼ、同じタイミングで、吉報が飛び込んできた。モンゴル国境を目指して別行動を取ったキルスの兄ハンギルら3人も、無事にモンゴルからソウル入りしたというニュースだった。私は取材した映像をまとめ、日本と韓国でテレビニュースの特集を作った。
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