闇市場の穀物売り場でコメやトウモロコシを拾い集めていた少年。1998年10 月江原道の元山市にて撮影アン・チョル(アジアプレス)

◆200万人以上が死亡か

「苦難の行軍」という言葉をご存じだろうか?

1995年からの数年間、社会混乱が広がった北朝鮮では、膨大な数の人が飢えと病と寒さで命を落とした。経済失政に加え、冷戦構造の崩壊によってソ連、中国などの社会主義圏から支援が途絶えた北朝鮮は、絶対指導者の金日成の死が引き金になって、あらゆる社会機能が麻痺した。食糧配給制度が崩壊して、都市住民を中心に短期間に大量の死者が出た。筆者は200万人以上が命を落としたと推測している。
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この朝鮮史上最悪の飢饉のことを、北朝鮮では「苦難の行軍」と呼んでいる。

その時、北朝鮮はどんな様相を呈していたのか? 何人かの勇気ある北朝鮮人が密かに撮影した映像が、この時代のほぼ唯一無二のビジュアル記録である。

戦後闇市世代の作家、故藤本義一さんがその映像見た後、筆者に語った一言が忘れられない。

「この少年少女の目は野良犬と一緒やね。ずっと地面を見てる。何か食べるものが落ちていないか探しているんです。日本の戦後闇市の子供たちも同じ目をしていました」(石丸次郎)

三人の子供が、闇市場の露天食堂で食事をする男性の後ろで待ち構える。(次の写真へ) 1999年9月咸鏡北道の茂山郡にて撮影キム・ホン(アジアプレス)

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