幼い頃の父フリートさん(左端)とドイツ兵の祖父ら家族。(1942年頃撮影)

 

◆過去を知る意味

私の父はよく戦争の体験を話してくれた。広島の被爆者で、原爆が落とされたときは6歳。爆心地から約1キロ離れた広島駅そばに家があった。爆風で家は倒壊したが、瓦礫の隙間で助かった。幼いころから聞かされてきた悲惨な話は、私がイラクなどの現場で戦争と市民を見つめる視点にもつながっている。

昨年、ドイツで難民問題を取材した際、通訳をしてくれたアルネ・ヒゲンさん(50歳)。私と同世代だが、これまで家族の戦争体験を聞いたことはなかったという。この夏、彼は実家へ帰った際、父に幼い頃の記憶を訊ねた。(玉本英子・アジアプレス)

ドイツ人のアルネさん(写真左)と父親のフリートさん。祖父はドイツ兵として出征。(ブレーメン郊外で7月撮影)

 

アルネさんの父親フリート・ウフォ・ヒゲンさん(79歳)は、ナチス政権下の1939年、北部ハンブルクに生まれた。この年、ドイツ軍はポーランドに侵攻した。ファシズムと戦争の暗い時代の始まりを感じ取った両親は、息子の名前をフリートと名づけた。デンマーク語で「平和」の意味だ。

フリートさんの両親はナチスに反対する左翼政党の支持者で、幼稚園の先生だった母親は、秘密警察ゲシュタポから仲間を守るために奔走したという。しかし印刷工の父親は、戦火が拡大するなかドイツ軍に召集され、フランスの戦線へ送られた。

そしてフリートさんの姉はナチズムを信奉し、ドイツ少女同盟(BDM)の地区リーダーにまでなった。カギ十字の小旗を家に飾ろうとしたのを見た母親は激怒し、その旗を窓から放りなげた。

戦時下の市民生活は困窮した。配給だけでは食べ物が足りず、フリートさんは年上の子どもたちと線路沿いを歩き、列車の積み荷からこぼれ落ちたジャガイモや、ストーブの燃料にする石炭を拾った。そこをイギリス軍の戦闘機が奇襲し、近所の子どもが死んだ。

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