◆感情が外交揺さぶる危うさ

日本独自の対北朝鮮制裁法案が成立したのは2004年。当時の北朝鮮貿易における日本のシェアは10%程度でしかなく、経済制裁で北朝鮮の政策を変えさせることは不可能、むしろ金正日政権を反発させ前進が遠のく、というのが私の主張だったのだが、拉致関連の集会で「北朝鮮の肩を持つのか」「被害者家族はお前の発言に怒っている」と罵倒されたことがあった。抗議電話もあった。「世間の怒り」にひるんだ新聞・テレビの記者は少なくなかったはずだ。

「圧力をかけて解決を」という被害者家族の強硬な主張が、メディアを通じて繰り返し報じられた。悲しみと怒りは当然なのだが、家族は国際政治の専門家ではない。その思いを引き取りつつ、本当に解決に有効な外交政策を立案するのが政治の役目のはずだった。

もちろん、「拉致問題は解決済み」という不誠実な対応を取り続けた北朝鮮政権に非があるのは言うまでもない。しかし、政府の対北朝鮮政策は、協議よりまず圧力だという「国民感情」に強く規定されてしまった。感情は移ろうものである。だが一度採った政策は変更や後戻りが簡単ではない。怒りだけでは現実は動かないのだ。

昨年、韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領と米国のトランプ大統領は、拉致問題解決を求める日本政府のメッセージを金正恩(キム・ジョンウン)氏に直接伝えてくれた。また、安倍晋三首相は金正恩氏と会うと度々表明している。ならば、拉致問題の前進と植民地支配の清算、核・ミサイル問題、日本人妻など残留日本人、日本人遺骨などの問題を包括した協議の行程表を、日本政府が先に発表すべきだ。

36年間恵子さんの帰りを待ち続ける母の嘉代子さんは93歳、父の明弘さんは90歳になった。北朝鮮が死亡・不明とした拉致被害者12名の家族も高齢だ。亡くなった人もいる。時間だけが無為に浪費されることは、もう許されない。

※2019年1月22日付毎日新聞大阪版に掲載された記事に加筆修正ました。

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