◆「朝鮮人が殺人・暴行・放火・略奪を行った」と主張

『日本国紀』は、帯に「日本通史の決定版!」と銘打っているとおり、古代から現代までの日本の歴史を描くものだ。関東大震災時の朝鮮人虐殺についての記述は、第十章「大正から昭和へ」の中で登場するのだが、そこには看過できない問題がある。まずは該当箇所を見てみよう。

(以下、同書p349から引用)・・・・・・・・・・・・・・・・・

なお、この震災直後、流言飛語やデマが原因で日本人自警団が多数の朝鮮人を虐殺したといわれているが、この話には虚偽が含まれている。一部の朝鮮人が殺人・暴行・放火・略奪を行ったことは事実である(警察記録もあり、新聞記事になった事件も非常に多い。ただし記事の中にはデマもあった)。中には震災に乗じたテロリストグループによる犯行もあった。司法省の記録には、自警団に殺された朝鮮人犠牲者は二百三十三人とある(…)。一般的にいわれている朝鮮人の犠牲者数約六千人(…)は正しくない。韓国政府は「数十万人の朝鮮人が虐殺された」と言っているが、これはひどい虚偽である。…いずれにせよ、不幸な事件であったことはたしかである。

(引用終わり)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

この記述には、いくつかの誤りが含まれている。

第一に、震災時に「一部の朝鮮人が殺人・暴行・放火・略奪を行ったことは事実」だなどと言うことはできない。百田氏も挙げている司法省報告(「震災後に於ける刑事事犯及之に関連する事項調査書」、1923年11月)によれば、震災時に刑事犯罪によって起訴された朝鮮人は12人。同年10月に発せられた外務省の文書は起訴の内訳を窃盗・横領の類が10件と、爆発物取締罰則違反と銃砲火薬類取締法施行規則違反が各1件と記している(もちろん起訴イコール有罪ではない)。「殺人・暴行・放火」による起訴は確認されていない。

12件の起訴内容を吟味してみよう。窃盗・横領などが10件とあるが、当時の東京区裁判所管内での窃盗件数は4400件余りに上っており、朝鮮人の窃盗が特に多かったとは言えそうもない。また、爆発物取締罰則違反は、当時、造成工事中だった荒川放水路のトロッコの中にいた男性が、ダイナマイトなどを所持していたとして捕らえられた事件だが、裁判の結果、人に危害を加える意図はなかったという判決が出ている。ダイナマイトは当時、掘削工事の現場で一般に使用されていた。

当時、日本に来た朝鮮人の多くは工事現場などで働く労働者であり、この男性も労働者だったと思われる。最後の銃砲火薬類取締法施行規則違反も、残されたわずかな説明を読む限りでは、さらにあやふやな事件のようだ。 当時、東京以上に混乱を極めた横浜に派遣された奥平俊蔵・陸軍中将は、「朝鮮人が強盗強姦を為し井戸に毒を投げ込み、放火その他各種の悪事」を行ったという流言について調査した結果、「ことごとく事実無根」だったと結論を出している。ちなみに横浜の税関倉庫では大規模な「略奪」が行われたが、それを行ったのは武装した者も含む日本人たちであった。貨物の大半が奪われたそうである(「1923関東大震災【第2編】」)。

朝鮮人および朝鮮人と間違えて日本人や中国人を殺傷して起訴された日本人の数が566人に上ることも指摘しておく。
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