韓国では事件発生直後から、拉致された「センムル(泉の水)教会」信徒たちに対して、多くの人びとが安否を気遣う一方...
タリバンが人質の一部を解放した。「韓国軍撤退と宣教活動中止」が解放の条件となったといわれる。もともと年内に予定され…
先日も触れたが、日本人人質をとって「自衛隊撤退」を突きつけたイラクの武装勢力に対し、日本政府が「じゃあ撤退します」と即断できるものでもなかった。「撤退か否か」二者択一の大騒ぎになっているとき、田中康夫氏は「一時的に自衛隊をイラクからクウェートに移動させ…
アフガン韓国人人質事件〜事件発生から1ヶ月 タリバンは当初、拘束中のタリバン兵の釈放を求めていたが...
アフガン韓国人人質事件〜人質・2人解放 タリバンが人質2人を解放した。いずれも女性だが2人だけということは...
人助けをしたいという思いはすばらしいことだ。しかし、危険な地域での支援活動では、経験と判断力が求められる。経験のない者の安易な行動で、地元スタッフや支援先も標的にされることもある…
25日、韓国人人質のひとり、ペ・ヒョンギュ牧師の殺害が報じられた。頭部や腹部に10発もの銃弾を受けていたという。病死や脱出をはかろうとしたなどの見方もあった。牧師なら…
人質事件がおきる数日前まで私はモスルで取材していた。「イフティタフ(誘拐)ではなく、「イフティヤル」(暗殺襲撃スタイルの殺害)が横行していた場所だ。いまから思えば、「無謀」だったし、間違いだったのかもしれない…
状況を分析して人質解放のオプションを検討する方向に議論が向かわず、「自己責任論派」か「賞賛派」かに膨大なエネルギーが注がれていった。賞賛論は「自衛隊撤退せよ」とペアであり、「事件が起きたのは小泉政権が自衛隊をイラクに送ったからだ」とつながっていった…
2004年4月、拘束された日本人人質の映像は、世界を駆け巡った。それからは、もうニュースは「ブチ抜き」の報道だ。自衛隊即時撤退を日本政府に求める人質家族などもいて、「自衛隊撤退を」「テロには屈しない」など、議論が交わされた。このとき、バグダッドにいたので…
タリバンが、韓国人人質解放の交渉期限を延期した。韓国では人質の無謀さを責める声も一部に出はじめている。日本人人質事件から3年。事件は、危険地域での支援、取材活動のありかたの問題を提起しただけではなく…