人質事件がおきる数日前まで私はモスルで取材していた。「イフティタフ(誘拐)ではなく、「イフティヤル」(暗殺襲撃スタイルの殺害)が横行していた場所だ。いまから思えば、「無謀」だったし、間違いだったのかもしれない…
状況を分析して人質解放のオプションを検討する方向に議論が向かわず、「自己責任論派」か「賞賛派」かに膨大なエネルギーが注がれていった。賞賛論は「自衛隊撤退せよ」とペアであり、「事件が起きたのは小泉政権が自衛隊をイラクに送ったからだ」とつながっていった…
2004年4月、拘束された日本人人質の映像は、世界を駆け巡った。それからは、もうニュースは「ブチ抜き」の報道だ。自衛隊即時撤退を日本政府に求める人質家族などもいて、「自衛隊撤退を」「テロには屈しない」など、議論が交わされた。このとき、バグダッドにいたので…
タリバンが、韓国人人質解放の交渉期限を延期した。韓国では人質の無謀さを責める声も一部に出はじめている。日本人人質事件から3年。事件は、危険地域での支援、取材活動のありかたの問題を提起しただけではなく…
アフガン韓国人人質事件〜「人質殺害」はあるか 【ガズニ州の治安部隊(FILE)...