このカメラはアジアプレスのメンバーたちへ無言の励ましを与えている。生き残った私たちは、アグスの死で萎縮するのではなく、彼の勇気を受け継いでいこう、と心に誓う。危険な取材の現場や精神的な苦境にあるとき、私はアグスのことを思い浮かべる…
26歳で人生を閉じねばならなかったアグスは、星の数ほども「未練」や「悔い」を抱えながら逝ったはずである。さまざまな欲望や煩悩の何百万分の一も楽しむことがなかったに違いない…
悲報が届いたのは、28日の午前10時過ぎのことだった。ジャカルタで待機していた綿井からの国際電話である。先ほど東ティモールのゲリラ筋から急を知らせる電話があったという。
「… アグスが殺害されたそうです…」
アグスはジャーナリストの訓練を受けていなかったが、取材の勘所はほとんどはずすことがなかった。私たちの知りたいことは何なのか。それを語ってくれる人物は誰なのか。そして私たちの行くべき現場はどこなのか。アグスはジャーナリズムの…
「目立たないように生きろ」と両親から教えられてきたアグスにとって、依拠すべき「祖国」はあらかじめ失われていた。メラメラと燃え上がるような民主化運動の熱風にあおられながらも、事態を見つめるアグスの眼はどこか冷ややかで醒めていた…
アグスはガジャマダ大学に留学していた東ティモールの学生たちの人脈を使い、地下活動家たちとの接触を始めた。インドネシア人であるアグスにとっては、独立派ゲリラ取材そのものが、反国家的な行動と見なされかねない。
秋は私とって弔いの季節である。アフガンで地雷を踏んで亡くなったカメラマンの南条直子、不治の病に倒れた、もっとも敬愛する編集者・今村淳、カレン民族の武装闘争へ身を投じて殉じた義勇兵・西川孝純。昨年、ビルマ(ミャンマー)で長井健司が殺害されたのも9月27日である。― そして、東ティモールで非業の死を遂げたアジアプレスのジャーナリスト、アグス・ムリアワン…。彼の命日は9月25日である。
滅びへの道 「戦後復興論議はでたらめだ!」「マスメディアの犯罪」「戦場という巨大な罠」「権力に寄り添うマスメディア」「一個の人間として考えてみろよ」「純個人的な決断ほど強いものはないんだ」
韓国人にとって「竹島問題」はどんな意味を持つのか?渦中の竹島への上陸を日本人ジャーナリスト野中章弘が試みる…
ちょっといやな空気が流れ始めたな、という不安を覚えている。聖火をめぐって「反中感情」の競りあがった日本社会…
先日、北京の友人から電話があり、「中国の都会では人と人のつながりが薄れて、困っている人がいても誰も関心を払わない」と少し湿った声で、いまの中国の風潮を嘆いていた。