ビルマ(ミャンマー) 一覧

少数のムスリム人の存在が、時に大きく感じられることがある。市場やバスターミナル、町中の喫茶店に入る...
2008年2月26日 16:22
ビルマの人口の9割近くは、仏教徒である。ビルマ仏教徒の男性は、一生に一度、必ず僧門に入る。軍事政権下のビルマであっても...
2008年2月23日 14:24
ビルマ全土を回りながら、訪れる地域で出会う人に必ず、「あなたは何人(民族)ですか?」と問いかけている。 40~135(人によって分類方法が異なる)にも及ぶ民族集団を抱えるこの国の、それぞれの
2008年2月21日 17:38
目の覚めるようなパガン遺跡の朝焼けや夕焼けに感動する人も、ビルマの素朴さやビルマ人の人の良さを語る観光客も、ビルマ国内で暮らす生活苦の人びとの存在にまで思いを寄せることはあまりない。 そんなことをしていたら、旅行なんか楽しめないだろう。
2008年2月13日 18:57
「行くべきか、行かざるべきか」。 このような問いかけに対して、"Lonely Planet" の立場は、結論から言うと、基本的にビルマへの旅行を勧めているようだ。 中東の独立テレビ局アルジャジーラが...
2008年2月13日 17:22
友人のフォトジャーナリスト宇田有三さんが2月16日(土)18時半から大阪市・天満橋ドーンセンターでビルマ報告会を行います...
2008年2月11日 13:52
ビルマに関わる研究者や取材関係者を除いて、この国に接する機会があるといえば、ほとんどの人が旅行者としてであろう。 まず観光客としてビルマに入国することになる..
2008年1月28日 18:32
イラク戦争、北方四島・竹島そして北朝鮮――。 9・11同時多発テロ以降の日本にとってもっとも重要な問題において、マスメディアはその役割を充分に果たしているとはいえない...
2008年1月22日 20:00
日本のマスメディアの記者たちが戦場取材を避けるようになったのは、ベトナム戦争...
2008年1月17日 18:16
現在、タイ領内には、ビルマ軍やDKBA軍の迫害を逃れて、約15万人のカレン人が難民として逃げ出してきている...
2008年1月13日 00:59
アフガンやイラク戦争報道で注目を浴びたにもかかわらず、いまフリーランスの現状はきわめて厳しいものがある。 それは私自身、日々肌で感じてきたことで...
2008年1月 9日 23:08
2008年1月 9日 16:24
テレビ局との関係で留意しなければならない点に、映像の著作権がある。通常...
2008年1月 2日 16:20
「日本の人ですか」 渡河するために乗り込んだボートに腰を下ろすと、目の前に座っていたビルマ人が突然、口を開いた...
2007年12月29日 15:00
2007年12月19日 17:24
2007年12月12日 21:16
2007年12月10日 15:44
東京・品川にあるビルマ(ミャンマー)大使館の前で、在日ビルマ人たちの抗議行動が続いている...
2007年11月 7日 12:02
ミャンマー(ビルマ)軍事政権による民衆デモ弾圧と日本人記者殺害~「日本人が巻き込まれないとベタ記事にもならない」 こういう話を聞くことはしょっちゅうだ。毎度のことだが、日本のメディアというのは...
2007年10月 7日 10:36
(ビルマ)長井健司さんの死を悼む 昨日(9月27日)の午後、ビルマ(ミャンマー)のヤンゴンで取材中の長井健司さんが撃たれて死亡した。危険を承知で赴いたとはいえ、やはり痛ましい。  事件の詳細はわからな...
2007年9月28日 12:43
 アジアプレス・ネットワーク編集長,
 アジアプレス大阪事務所代表 石丸次郎
映像ジャーナリストの長井健司さんが、9月27日、ビルマ(ミャンマー)ヤンゴン市内で市民と僧侶の...
2007年9月28日 11:10
最終回。ボジョー司令官とともに。 2001年1月1日。  「新世紀」の朝を迎えた。凍えるような寒さだった夜明けも、回りが明るくなるにつれ次第に和んできた。腕時計の針が8時を指す頃には、身体を動かす...
2005年7月14日 14:50
ついに、カレン民族解放戦線の第5旅団司令部に到着。ボジョー司令官は戦うことの意味と苦しさを語った。  (写真右:ボジョーの左のこめかみには被弾の後がくっきり残っている。)  「よく来てくれたね。君がや...
2005年5月24日 14:44
敵対関係の当事者らが同じ食堂で食事する風景と、公安関係者からの執拗な詰問が同居する国、ビルマ。軍事政権国家の姿は、観光客には見えにくい。  (写真右:首都ラングーンでの建設現場。よく観察してみると、や...
2005年5月 2日 14:41
国境線のサルウィン河が、民族を、家族を分かつ。宇田はその現実を目の当たりにした。  1995年1月、マナプロウが陥落。KNU関係者はその直後、タイ側に逃れ、山深い森の中に数千人規模の難民キャンプを設け...
2005年4月24日 14:36
かつて戦闘で命を失った兵士を見たサルウィン河をふたたび、ボートで北進する。満天の星空のもと、月明かりと静寂に包まれた船上では...。  初めてのマナプロウ行きから8年半後の2000年12月、199...
2005年3月30日 14:32
ついに、国民民主戦線とビルマ民主戦線の司令部のあるマナプロウに到着。そこはあまりに開放的なゲリラ拠点だった...。  メーサムレップに到着。河岸まで行く彼らについて、ビルマ側に渡るボートのすぐ側まで一...
2005年3月 8日 14:27
カレンの地、コートレイ国の中心地、マナプロウ。そこはビルマ軍事政権に抵抗する国民民主戦線とビルマ民主戦線の司令部でもあった。宇田はマナプロウ入りの計画を実行に移したが...。 (写真右:タイ・ビルマ国...
2005年3月 4日 14:23
2000年12月、うっそうとした山中の未舗装路を四輪駆動車で抜け、タイ・ビルマ国境に到着。しかし、雰囲気がおかしい...。緊張した国境越えを描く第2回。  2000年12月23日、カレン民族解放戦線第...
2005年2月16日 14:13
カレン人たちはなぜ戦い続けるのか。タイから国境を越え、カレン民族の解放区へ足を踏み入れたフォト・ジャーナリストの貴重な写真ルポ。  2004年10月19日、東南アジアの西の端、軍事政権(SPDC=国家...
2005年2月 9日 14:04
メディアとジャーナリズム
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