アフガニスタン 一覧
羊肉のスペアリブ、イラクでは「ドロアッ」という。ちょっとしたレストランにいくと、頼みもしないのに前菜の小皿が次々とテーブルを埋め尽くす。それだけでもうお腹いっぱいになったところにやってくるのがメイン料理。これでもかという盛りつけのスペアリブには圧倒される...
2011年12月12日 14:28
私は取材を通じて、アフガニスタンとどう向き合えばいいのか、ずっと考え続けてきた。
タリバン政権崩壊後、女性が再び教育を受けることができるようになり、公務員や教員などの役職にも復帰しつつある。一方で、とくに地方の女性がおかれた状況が大きくは変わったわけではない...
2011年12月 6日 05:24
取材を通して、さまざまな人に出会った。そのなかで、私には忘れられない人がいる。ザルミーナの母親だった。かつてのタリバン戦車基地の近くに母の家はあった。一家は娘の死を近所に知られないように隠しつづけ、ひっそりと...
2011年11月26日 19:34
公開で刑を執行する、いわゆる見せしめ刑はアフガニスタンでは決して珍しいことではない。
たとえば、窃盗などの罪を犯した者がトラックの荷台に乗せられ、「市中引き回し」にされることはタリバン政権以後の新政府下でもおこなわれている。子どもたちはこういう様子を目の当たりにしながら「悪いことをすればあんな目に...
2011年11月22日 08:24
ザルミーナを知る受刑者は刑務所にはいなかった。すべてすでに出所しているということだった。刑務所でどのような思いだったのか。刑務官の話だけでは断片的な部分しか見えてこなかった。ザルミーナが服役していた時期に刑務所にいた受刑者と、思わぬところで出会うことになった...
2011年11月13日 11:31
ザルミーナは処刑されるまでの約2年間をカブールのウェラヤット刑務所で過ごした。刑務所は高い石壁で囲まれてはいるものの、敷地には地方裁判所も隣接している。このため、そこが刑務所と言われなければ、外から見ただけでは気づかない...
2011年11月 7日 17:47
アフガニスタンには今も貧しさゆえに幼い娘を結婚させるという現実があった。カブールで私が出会ったある未亡人は、11年前に12歳だった長女を地方の農家に嫁がせていた。夫側の家族が支払う、いわゆる結納金で自分たちの食べ物を買ったのだと彼女は私に言った。「どうしようもなかった。娘も嫁に出ればなんとか食べていくことができる」...
2011年11月 3日 17:41
ザルミーナの長女の村からいったん街に出て一泊したあと、こんどは次女が暮らすガズニ州へむかう。私たちは現地の治安状況を把握するため、まずは州庁舎に出向いた。州の治安は我々が完全に掌握していると、軍の司令官は力を誇示する...
2011年10月31日 11:37
カブールでジープを借り、西に延びる幹線道路をひた走る。穴だらけのがたがた道で車内の天井に何度も頭をぶつけながらおよそ5時間。私たちはワルダック州にあるザルミーナの長女が嫁いだ村にたどりついた。パシュトゥン人が暮らすこの村は...
2011年10月25日 02:04
世界の関心がまだアフガニスタンに向いていなかった2001年6月、イギリスのテレビ局チャンネル4は、アフガン女性たちの姿を描いた番組を放送した。撮影が困難だったタリバン政権下で、イギリス生まれのアフガン人女性ジャーナリストが取材した番組は大きな反響をよび、日本でも「タリバン支配下の女性たち」としてNHKで放送された...
2011年10月15日 23:01
地方裁判所で資料さがしをしていた時のことだ。それまで親切に対応してくれた資料整理担当者の男が、急に冷たい態度をとるようになった。男は私にむかって言った。
「金を出さないお前には、もう協力してやらない」...
2011年10月 9日 16:43
恐怖政治で思いのままに人びとを殺した、というイメージのつきまとうタリバンだが、タリバン政権時代も制度的には3審制(地方裁判所、高等裁判所、最高裁判所による審理)が存在し、いわゆる通常の裁判が行なわれていた...
2011年10月 3日 00:56
ザルミーナの処刑を隠し撮りしたのは、女性人権組織RAWA(アフガニスタン女性革命協会)の女性メンバーたちだった。RAWAは1977年に結成され、アフガンの民主主義と女性解放をスローガンに活動をつづけてきた...
2011年9月26日 11:31
ザルミーナという女性はどういう人物だったのだろうか。
カブール西部のダルラマン地区は、内戦で最も激しく破壊された地区のひとつだ。砲撃で建物の壁は崩れ落ち、ブロックの瓦礫が広がる。そこからほど近いところに、ザルミーナが暮らしていた家はあった...
2011年9月19日 16:11
夫殺しの罪名でひとりのアフガニスタン女性が公開処刑され、その様子を隠し撮りした映像が世界に流れた。タリバン政権下での殺人事件と、その背後にあったとされる家庭内暴力や男女の不倫。ひとりのアフガン女性の死の真相を追うなかで見えてきたアフガニスタンの闇とは...
2011年9月10日 22:10
アルカイダ機構・総司令部
慈悲ふかく慈愛あまねきアッラーの御名において。こう仰せになったアッラーを称えよ。「もし汝らがアッラーの大道で殺されたり死んだりした場合、アッラーのお赦しと慈悲は、人びとが蓄えしものよりもはるかにまさる...
2011年7月13日 00:47
(2011年5月1日・ホワイトハウス)
こんばんは。今夜、私はアメリカ国民と世界に、アルカイダの指導者であり、何千もの罪なき人びと、女性、子どもの殺害に責任を負うテロリスト、オサマ・ビンラディンの殺害作戦を合衆国が遂行したことを報告いたします...
2011年5月12日 01:34
原爆投下から65年。原爆の悲劇は被爆者たちにとっていまも終わっていないという現実と、ヒロシマ・ナガサキによって始まった「核時代」がいまも続いているのだということを、この日が来るたびに認識させられる...
2010年8月 6日 13:59
アフガニスタンでは、日本の中古車が大活躍だ。乗用車のボディには「山田鉄鋼」、トラックには「 福山通運・札幌竏忠ォ縄」と、日本語の文字が躍る。幼稚園の通園バスを、いかついヒゲづらの男がカッコよく運転する。カブール市内の中心地にほど近いチャヒクロラプシュタ地区には...
2008年8月 6日 18:32
2008年2月 4日 19:13
アフガンやイラク戦争報道で注目を浴びたにもかかわらず、いまフリーランスの現状はきわめて厳しいものがある。
それは私自身、日々肌で感じてきたことで...
2008年1月 9日 23:08
2008年1月 2日 16:20
2007年9月 3日 20:56
2007年9月 3日 20:35
2007年9月 2日 20:23
2007年9月 1日 18:06
2007年8月31日 17:39
2007年8月29日 15:07
先日も触れたが日本人人質をとって「自衛隊撤退」を突きつけたイラクの武装勢力に対し、日本政府が「じゃあ撤退します」と即断できるものでもなかった。「撤退か否か」二者択一の大騒ぎになっているとき、田中康夫氏は「一時的に自衛隊をイラクからクウェートに移動させ...
2007年8月23日 03:53
2007年8月21日 14:32
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<アーカイブ>アフガニスタン~公開処刑された女性を追って(14) 【玉本英子】























