宇田有三 一覧

最終回。ボジョー司令官とともに。 2001年1月1日。  「新世紀」の朝を迎えた。凍えるような寒さだった夜明けも、回りが明るくなるにつれ次第に和んできた。腕時計の針が8時を指す頃には、身体を動かす...
2005年7月14日 14:50
ついに、カレン民族解放戦線の第5旅団司令部に到着。ボジョー司令官は戦うことの意味と苦しさを語った。  (写真右:ボジョーの左のこめかみには被弾の後がくっきり残っている。)  「よく来てくれたね。君がや...
2005年5月24日 14:44
敵対関係の当事者らが同じ食堂で食事する風景と、公安関係者からの執拗な詰問が同居する国、ビルマ。軍事政権国家の姿は、観光客には見えにくい。  (写真右:首都ラングーンでの建設現場。よく観察してみると、や...
2005年5月 2日 14:41
国境線のサルウィン河が、民族を、家族を分かつ。宇田はその現実を目の当たりにした。  1995年1月、マナプロウが陥落。KNU関係者はその直後、タイ側に逃れ、山深い森の中に数千人規模の難民キャンプを設け...
2005年4月24日 14:36
かつて戦闘で命を失った兵士を見たサルウィン河をふたたび、ボートで北進する。満天の星空のもと、月明かりと静寂に包まれた船上では...。  初めてのマナプロウ行きから8年半後の2000年12月、199...
2005年3月30日 14:32
ついに、国民民主戦線とビルマ民主戦線の司令部のあるマナプロウに到着。そこはあまりに開放的なゲリラ拠点だった...。  メーサムレップに到着。河岸まで行く彼らについて、ビルマ側に渡るボートのすぐ側まで一...
2005年3月 8日 14:27
カレンの地、コートレイ国の中心地、マナプロウ。そこはビルマ軍事政権に抵抗する国民民主戦線とビルマ民主戦線の司令部でもあった。宇田はマナプロウ入りの計画を実行に移したが...。 (写真右:タイ・ビルマ国...
2005年3月 4日 14:23
2000年12月、うっそうとした山中の未舗装路を四輪駆動車で抜け、タイ・ビルマ国境に到着。しかし、雰囲気がおかしい...。緊張した国境越えを描く第2回。  2000年12月23日、カレン民族解放戦線第...
2005年2月16日 14:13
カレン人たちはなぜ戦い続けるのか。タイから国境を越え、カレン民族の解放区へ足を踏み入れたフォト・ジャーナリストの貴重な写真ルポ。  2004年10月19日、東南アジアの西の端、軍事政権(SPDC=国家...
2005年2月 9日 14:04
メディアとジャーナリズム
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