「怖くないから安心しなさい、と夫が夢のなかで、私に話しかけてくれました」
黒いヘジャブをまとった未亡人モナさんは、窓の外を見やって、話しはじめた。
夫はヒズボラの兵士だった。3年前、イスラエル軍の歩哨所への突撃作戦で戦死した。
ヒズボラ(神の党)は、南部レバノンを占領していたイスラエル軍に対して武装闘争を展開してきた。戦闘で命を落とした者は「殉教者」としてたたえられ、家族には生活費が支給される。
夢を見た翌日、夫の遺体が赤十字国際委員会を通じて返還されるという知らせが、モナさんに届いた。
彼女は布にくるまれた夫の亡骸を抱きしめた。遺体とともに届けられた遺品はガラスケースに入れて飾った。
ヘルメットや、迷彩服の切れ端をひとつづつ手にとって、私に見せてくれた。
息子の誕生パーティーの写真には、大きなケーキを前に、おどけた表情で家族を笑わせる夫の姿があった。休みの日には家族をよくドライブに連れて行ってくれたという。
夫は戦闘服を着て、銃を持つようになり、外泊するようになった。
「イスラムのために戦う」という夫を、モナさんは信仰心の厚い人だと尊敬した。突撃作戦に参加したのを知ったのは、彼が亡くなってからのことだった。
「夫の殉教を名誉に思っています」
モナさんは、私の目を見据えて言った。
しかし、その瞳は真っ赤だった。こぼれた涙がゆっくり頬をつたった。
そして、傍らの息子を、そっと抱き寄せた。
「神さまは、私たちをお試しになられているのです…」
モナさんと出会った1ヵ月後、イスラエルはレバノン南部から撤退した。だが、国境をはさんだ緊張はいまも続いている。
(2003/08/10)



