リムジンガンのご案内

ico_new.gif北朝鮮―ある女性党員との対話 上[将軍と人民] リムジンガン
二〇〇七年の一一月、シム・ウィチョン記者は編集部からの要請を受け、指導者である金正日将軍が、朝鮮内部でどのように見られ、語られているかについて継続して取材することになった…

ico_new.gif北朝鮮―またも始まった市場の「抑制」 リムジンガン
「民衆はだんだん嫌になっています」3
いまや大企業なみのジャンマダン
チョン:ジャンマダンでは国家の儲けも多いはずなんだが。例えば、私が市場で靴の商売をやるとすると、幅五〇センチぐらいの売り場を設けてくれる…

ico_new.gif北朝鮮―自転車ばかりを狙う軍人強盗団 [事件・事故] リムジンガン
二〇〇六年一一月末、清津(チョンジン)市で自転車ばかりを専門的に強奪する強盗団があちこちで暗躍したため、保安員(警察官)が捜査に入った…

ico_new.gif北朝鮮―またも始まった市場の「抑制」 リムジンガン
「民衆はだんだん嫌になっています」2
「おばけのやりかた」
シム:市場ぐらいは大目に見て好きに商売させてくれればいいのに。そうすれば人々の苦痛も軽くなるだろうに…

ico_new.gif北朝鮮―女児強姦犯逮捕 [事件・事故] リムジンガン
二〇〇六年夏、清津市で二四歳の男による九歳の女の子への強姦事件が発生した。女の子はその日も友達と、近所にある廃屋の周りでかくれんぼをして遊んでいた。 夕方、このあたりでは見かけない男が…

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子どもたちの宗教紛争―アジア辺境の小さな島の惨劇

文・写真:和田博幸

1999年、インドネシア南東部マルク諸島で大規模な宗教抗争が勃発し、多数の子どもたちが少年兵として巻き込まれていった。

第一回「インドネシア・マルク諸島1999年1月19日――すべてはあの日に始まった」

「廃墟で水を汲む女性」
今年(2003年)2回、のべ3か月間にわたり、インドネシア南東部のマルク諸島を訪ねた。この地では1999年1月からの約3年間、イスラム教徒とキリスト教徒のあいだに勃発した宗教抗争よって、6千人とも1万人ともいわれる犠牲者がでている。また人口の5分の1にあたる、およそ40万人もの国内避難民が発生し、故郷の村をおわれた。

 3年間という短い期間に、多数の犠牲者が出た被害の深刻さを考えると、マルク宗教抗争の実態についての報告は少ない。その理由として、インドネシア政府による非常民政事態が現地に発令され、外国人の立ち入りが禁止されたことにあると考えられている。一部の援助関係者をのぞき、ジャーナリストを含めた外国人のマルク州への入域は、厳しく制限されてきた。それが紛争の実態を解明することの大きな制約になってきた。


「アンボン市街」
 幸いにして、私は今回、独自のルートをたよって州政府からの特別入域許可を得ることに成功した。そのおかげでこの地に長期に滞在し、「宗教抗争」といわれる紛争の本質を取材する機会を得た。

マルク諸島は、かつては香料諸島と呼ばれ、クローブやナツメグなどスパイスの産地として知られてきた。マルク州の州都アンボンは、人口はおよそ30万人の港町だ。その人口のうち、キリスト教徒とイスラム教徒の割合は、およそ半分ずつである。イスラム教徒が9割を占めるインドネシアにあって、マルク諸島はキリスト教徒が比較的多い地域として知られている。互いの住民が、およそ400年の長きにわたって共存する地として、ここマルク諸島は知られていた。


「クローブ(丁子)。こうしたスパイスを求めて16世紀にポルトガル船がやってきた」
私が今回の取材中、足しげく通った村がある。アンボン市内から山を越えた、3キロ東に位置するアフル村である。

紛争前、村には746世帯の住民が暮らしていた。イスラム教徒は183世帯、カソリック教徒は152世帯、そして残りの多数派がプロテスタント教徒だった。

そもそもの村の起こりは、1970年代にカソリック教会がこの土地をイスラム教徒の地主から購入し、ジャングルを切り拓いたことに始まる。いくつかの教会関連の施設が建設されている。それ以降も、森が切り拓かれ、宗教の違いに関係なく人びとが入植していった。様々な村びとが地域のなかで混ざりあい、平和に暮らしてきたという。

クリスマスやイスラム教の断食明けの祭りであるイードゥルフィトルの時などには、お互いが異なる宗教の隣人を招待し、ともに祝いあった。また教会やモスクの修復の時には、寄付や人手をだしあうことが通常のこととしておこなわれた。


「アンボン市内で遊ぶ子どもたち」
しかし両者の関係を切り裂く紛争は、突然に始まった。

1999年1月19日、アンボン市内のバス乗り場でおきたイスラム教徒とキリスト教徒のささいな喧嘩が、そもそもの紛争の発端だといわれている。その数時間後には、アンボン市内各所で武装した集団による焼き打ちが発生し、アンボンは騒乱状態になっていった。

こうした暴動の火の手が燃え上がるなか、子どもたちも否応なく争いに巻き込まれていく。私は戦場に身を置いた子どもたち一人ひとりを訪ね、かれらの惨烈を極めた体験に耳を傾けることになる。