台湾奥地の村トロックに元日本兵を訪ねる
霧社事件で日本側だった先住民の村を訪ねた。日本人は忘れてしまった村で、しかし彼らは「日本」を忘れていなかった。
●トロック村の「チュージ」
日本と当地の先住民が戦った霧社事件で、日本側の味方にさせられた先住民の部族あるいは部落がある。「味方蕃」などと呼ばれていた。そのひとつ、トロックの村に元日本兵を訪ねてみた。
自宅で待っていると、その人はスピードを緩めたバイクから転げるように飛び降りて、まっすぐにわたしのところ走ってきた。
「日本人か」
手を握りながら、これが最初に出た言葉である。
彼は、名前を尋ねる前から戦争の話を始めた。
――第何回?
「第六回」
第六回高砂義勇隊だったという意味である。
「背が低かったけど合格したんだなあ。兄貴は第三回で、船が沈没して帰ってこなかった」
――試験を受けるんですか。
「試験を受けますよ。村から六人志願して一人だけ」
まるで義勇隊に合格したときの喜びが、昨日のことのように満面に笑みが浮かぶ。大正14年生まれ、ペンガン・パーワン、日本名を山本忠次だという。
――国定忠治と同じですね。
「そうですよ。隊長が、チュージ! て呼ぶ。誰も山本なんて言わない。チュージ来い! ですから」
ソロモンの基地で本部の隊長付きの兵士だったという。「チュージ!」と愛され、こき使われていた様子が髣髴としてくるような人柄である。
フィリピン、ラバウル経由でソロモンに行った。
「暑かったね。フィリピンについたときは。みんな病気になって。マラリア、赤痢・・・」
彼らにとってジャングルはとても住みにくい所だったはずだ。この霧社は夏でも涼しく、冬には峰は雪化粧する。
「苦しかったのは斥候ですね。裸足で行く。双眼鏡で見たものを無線で知らせるんです」
「食べるものがないでしょう。水もない。喉が渇くと、トウ(籐)の芯をとってポタポタ落ちる滴を集めるんです」
「あるとき、土人に魚捕りに誘われた。そしたら、待っているのは魚じゃない。武器持った土人が待ってるんです。わたしらのクビとろって」
――向こうの原住民と戦うんですか。
「ええ、最初は、日本の味方だった。それが、アメリカから金もらってわしらのクビを集めるようになった。山道に髪の毛を使った罠をしかけてあるんです。それに触れると爆弾が爆発する。それで、わたしの前を歩いていた隊長の足が吹っ飛んだこともあった」
●忘れられた人びと
ペンガン・パーワンは、霧社事件については、ただ、遠くで鉄砲の音が聞こえて、山に隠れた記憶があるばかりである。
――いままで戦争の話を聞きに来た日本人がいますか。
「いや、あなたが初めてです」
――日本に言いたいことあるでしょ。
「なにもないですよ。ただ、会いたいのよ。日本語が話したいのよ」
ペンガン・パーワンは今でも「日本語」の夢を見るという。隊長と話している言葉だったり、爆撃を受けて発した悲鳴だったりする。
「思い出の夢もあるでしょ。作戦の夢もある」
――戦友との連絡は?
「全然ありません」
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( 霧社・トロックにて) | |
霧社には多くの日本人が訪れる。でも、おそらくこの部落までやってきた日本人は数少ないであろう。むかし、蝶々を捕りに来た人がいたというだけである。
このトロックから何人の人が戦争に行き、何人が亡くなったのか、彼自身も知らなかった。どこの集落でも誰もそんなことに関心を持たなかった。彼らは、過去の遺物として戦後を生きてきたのだ。
しばしの沈黙の隙を狙っていたように明るい声が飛び込んできた。
「日本のどこからきたのですか?」
この人のご主人は、志願兵で戦地に行きましたと、ペンガン・パーワンが紹介してくれたその女性は、タッパス・ナウイ(昭和2年生)、日本名を大石君子と名乗った。
タッパス・ナウイは、三月の身重で亭主の出征を見送り、四年待ったという。この辺境の地に過ごしてきたとは思えないほどにはきはきした日本語で、わたしはいささか驚いた。
その声で彼女は「志願兵」という歌を唱ってくれた。
ああ 感激に溢れたる
喊声 天に轟けり
六月二十日 空晴れて
栄誉は 燦と輝けし
我等 誉れの志願兵
6月20日というのは、昭和20年、台湾において志願兵制度がスタートした日である。彼女は記憶もまた完璧だった。そして、さらに「テンノーヘイカバンザイト・・・」も唱ってくれた。
警官を先頭に赤いたすきの出征兵士を囲んで村人が霧社まで行進した。車を飛ばしても一時間半はかかる距離をである。その光景が二人のなかに甦ってきたのであろうか、山本が口を挟んだ。
「生きて帰るなんて考えてもみませんでした。靖国神社で会いましょうという精神ですよ」
夕闇がすぐそばまで迫っていた。帰りかけたわたしの足を止めて、大石は手編みのテーブルクロスを持ってきた。土産だと言う。
「やなぎもとさん、またきなさいよ」
その言葉がいまでも山のこだまのようにわたしの耳の奥で消えないのである。




