午前10時前から、メサイヤ市評議会前で表敬訪問予定の陸自の番匠幸一郎1佐を待つ。なかなか現れない。クビを長くして到着を待っていた報道陣は約30 人。広報官は「交通事故があり、その渋滞に巻き込まれたため、今日の会見はキャンセル」と発表。「ただし事故はわれわれが起こしたものではありません、念のため」と広報官が冗談っぽく言ったところで、報道陣からも媚びたような小さな笑いが漏れる。馴れ合っているようでこんな雰囲気はちょっとなじめない。防衛庁の記者会がそのまま引っ越してきたみたい。
(写真右:警護にあたる自衛官。向こうにいるのはサマワ地域の治安を担当するオランダ兵)
サマワへ戻る途中、米軍がイラク人を殺害した現場に遭遇。封鎖された道路に長い車の行列。「交通事故」とはこのことらしい。米軍装甲車が停止命令を無視したトラックに発砲。ひとりは即死、もうひとりは重体。虫けらのように奪われる命。これが占領体制下のイラクの現実だ(注1)。
取材したビデオをテレ朝へ。テレ朝は近くの民家を借り、日本人だけで7人の取材体制。アジアプレスもアフガン、イラク報道で世話になった角南さん(前ニュースセンター編集長)が安全管理責任者として指揮をとる。この日の夜、テレ朝系のニュースで綿井の撮った事件の映像が少し流れたかもしれない。
サマワ総合病院では重体の青年が運び込まれ、手術中。許可され、手術室の中で撮影。医者が被弾して破損した被害書の腸を見せてくれた。助かるかどうかは半々。加害者の米軍関係者はひとりも姿を見せず。
昨日あたりから、サマワの街はシーア派の「アシュラ」という祭りの真っ最中。繁華街を黒い衣装の男たちが練り歩いている。華やかな感じはせず、ちょっと空気が重い。キリスト教と同じく「受難」の歴史を持つ宗教のせいだろうか。
夜、メールを送るため、ホテルの屋上にビーギャンを設置するもやはり作動せず。サマワからのリポートを断念する。ただ空には星が輝き、風も心地よい。しばし寝転んで天空を眺める。
(注1)この事件については、3月12日発売の「週刊金曜日」に記事を書いています。
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| 自衛隊付の報道陣 | サマワの街で買い物をする陸自の佐藤正久隊長 |
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| イラクでもっとも一般的な米軍の装甲車 | 米軍による発砲事件現場に落ちていた薬きょう(サマワ郊外) |
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| パトロール中の米軍兵士 |
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| テレ朝の宿舎。食事はもっぱら自炊。 | シーア派の祭りの行進風景 |
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| シーア派の祭りの行進風景 | シーア派の祭りの行進風景 |
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| 祭りに集まった子どもと女性たち | いつもの食事風景 |














