第5回 ビルマは夜明け前なのか
ビルマ・ディペーイン事件から3ヵ月後、軍情報部のキンニュン氏が首相に就任。
民主化へのロードマップが発表された。
ビルマの未来を読む連載最終回!
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| 2003年8月末、首相に就任した軍情報部トップのキンニュン氏 | |
2003年8月25日、タイ・バンコクのホアランポーン駅でチェンマイ行きの夜行列車に乗り込もうとしているとき、携帯電話が鳴った。在バンコクのビルマ人ジャーナリストからだった。「国家平和発展評議会(SPDC)第一書記のキンニュン中将が、首相に就任した」と彼は数時間前にビルマで発表されたニュースを伝えてくれた。
事件から3ヵ月ほど経った後、軍政は大きな動きを見せた。これまで軍政序列3位、軍情報部トップのキンニュン氏が、首相に就任した。そして、事件からちょうど3ヵ月後の8月30日、キンニュン新首相は、民主化に向けたロードマップを発表した。その内容は7段階に分かれる。
(1)1996年以来中断している国民会議の再開
(2)国民会議の成功と民主的国家へ移行するために必要なプロセスの実現
(3)新憲法の起草
(4)国民投票による憲法の採択
(5)新憲法に基づく国会代表選挙の実施
(6)新憲法に基づく国会の招集
(7)近代的かつ民主的な発展した国家の建設
第1段階に、国民会議の再開が据えられている。しかし、そもそもこの国民会議とは、国民民主連盟(NLD)が圧勝した1990年の総選挙結果を無視し、「権力委譲前に憲法制定が必要だ」と1993年から軍政が開催したものだ。1995年12月に「自由な議論と公平な決議がなされていない」とNLDが抗議し、軍政はNLDの登録を抹消した。以来、会議は停止したままである。ロードマップは、その会議を再開しようというものだ。
今回のロードマップ発表には、5月30日のディペーイン事件が大きく関わっている。事件後の6月、国際社会の厳しい批判を和らげるため、軍政トップのタンシュエ氏は日本やアセアン各国に特使を派遣したが、失敗に終わった。ロードマップは国際社会の批判に対する軍事政権の回答である。
しかし、ディペーイン事件について、真相が明らかにされないままであることに注意しなければならない。
「事件直後、現場でビデオや写真を撮影されました。その度にライトを点灯されました」。事件現場で拘束されたマンダレーの女性党員(23)は、私にこう証言している。軍情報部は今回のスーチー遊説旅行に同行し監視しており、この事件についてほぼ完全に把握できるはずだ。しかし、すべてを明らかにすれば、軍情報部の基盤である軍そのものまでもが崩れてしまう。それがゆえ、この事件の解決方法として採られたのが、キンニュン氏の首相就任とロードマップなのだ。
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| 2003年5月のスーチー氏地方遊説を監視する軍情報部・警察の車 | |
●ビルマの夜明けに何が見えるか
在日ビルマ人ジャーナリストで元NLD党員のニュンシュエ氏(55)は、「まず1990年の総選挙の結果に基づいて、国会を召集し、暫定政権を樹立後、憲法起草委員会を設置する。そして、憲法起草委員会主催で国民会議を開催するべきだ」と批判する。ニュンシュエ氏が指摘するように、ロードマップは 1990年の総選挙結果を過去のものとみなしている。
1993年に始まった国民会議は、自由な議論と公正な決議が行なわれないまま104項目が決められた。そこには、軍の望むビルマの国家像が色濃く出ている。主なものを挙げれば、以下のような項目がある。
(1)国家・州(管区)各レベルの議会で、25%を軍人が占めること
(2)国防相・内相・国境地域開発省大臣は軍人であること
(3)警察を軍指揮下におき、軍は政府から独立した機関であること
(4)非常事態時に、軍が全権を掌握できること
軍は、一定の権力を保持し続けることを望んでいるのは間違いない。
ことし3月にビルマを極秘訪問したラザリ氏は、「スーチー女史と軍政の間で対話が持たれており、4月にも解放される可能性がある」と語った。スーチー女史との対話が行なわれているとすれば、ディペーイン事件よりもロードマップに則った民主化を優先させるかどうかの駆け引きが行なわれているはずだ。軍政は、NLDが国民会議に参加せざるを得ない状況をつくりあげ、開催直前にスーチー女史を解放することを狙っている。
さまざまな問題点を抱えつつも、スーチー女史は現実的に判断し、一時的に妥協する可能性はある。民主化を求め続けてきた結果として、ディペーイン事件は起きた。その本来の目的が前進するならば、政治的取引が行なわれる余地はある。ディペーイン事件については、実行犯のみ処罰され、その黒幕である軍政の中心にいる者たちは保護される。そうして幕が降ろされる可能性もある。しかし、正義の回復のないまま、このまま放置されていけば、ビルマ社会は不正を許容する社会のまま、その病理をはらんでいくだろう。
一方で、今後、ビルマにおける変化は、88年の民主化運動やフィリピンの人民革命のようなかたちで起きるとは思えない。それは、ビルマ国内で軍政による徹底的な監視を身をもって経験した私の感想である。NLDさえも、軍事政権の掌の上にある抵抗勢力にすぎない。それは、その指導者までもが不当に逮捕・拘禁されていることからも明らかである。
ビルマの未来は、南アフリカのようなトップによる政治的取引しか道はない。だとすれば、軍政によるロードマップは、ビルマにとって夜明けになる可能性もある。しかし、夜が明け、どんな国家が見えてくるのか、それはいまだ深い霧に包まれている。





