「日の丸・君が代」強制実施問題より
都立校の卒業式における「日の丸・君が代」問題を考えることは、教育の主体はどこにあるのかを問い直すことでもある。教育委員会からのお仕着せに、現場の教員がたったひとりで挑んだ。
●会場設計まで盛り込まれた詳細な規定
2004年3月下旬、ある都立学校では、春先の日差しのもと、おごそかに卒業式が執り行われていた。卒業証書を授与しているのだろうか、拍手の音が体育館から時おり響いてくる。
「やっときたな、という感じかな。いつもの自分らしくまっとうしていこうと思って、家を出ました」
こう話すのは、この都立学校に勤める女性教諭(53歳/以下A教諭)だ。A教諭は、3月上旬に、都教育委員会が定めた卒業式・入学式における「日の丸・君が代」の実施には従わないとする「不起立宣言」を発表した。
「個人的な歴史感覚から宣言を発表した、という部分もあるけど、最も問題なのは、教育現場における決定権を都教育委員会が剥奪した、というところなんです」
昨年10月23日、東京都教育委員会は「入学式及び卒業式等における国旗掲揚及び国家斉唱の実施について」という文書を、各都立学校の校長宛てに「通達」という形で配布した。この通達は、「学習指導要領に基づき、入学式、卒業式を適正に実施すること」を目的としている。そして、都教育委員会が定めた「国旗掲揚及び国家斉唱に関する実施指針」とおりに式を執り行なうものとする、と記されている。また、教職員がこの通達に基づいて校長より発令された職務命令に従わない場合は、服務上の責任を問われることを教職員に周知すること、と記述されている。
都教育委員会が定めた「国旗掲揚及び国家斉唱に関する実施指針」には、以下の内容が記されている。国旗掲揚の場所や式次第に「国家斉唱」と記載すること、そして斉唱の際には司会者が「国家斉唱」と発し、起立を促す、などが書かれている。それだけでなく、国旗とともに都旗も掲揚するとも定め、国旗を壇上の正面から左の場所に、都旗を右に掲揚と、その位置にまで指示が下っている。そして、教職員含め、全員が会場の指定された席で国旗に向かって起立し、ピアノ伴奏による国歌を斉唱せよ、とも記されている。
規定はこれだけでは留まらず、会場設営にまで及び、「卒業式を体育館で実施する場合には、舞台壇上に演台を置き、卒業証書を授与する」ということや、「式典会場は、児童・生徒が正面を向いて着席するように設営」、「入学式・卒業式等における教職員の服装は、厳粛かつ清新な雰囲気の中で行われる式典にふさわしいものとする」となど、規定は詳細に渡っている。
「今までもじわじわと日の丸・君が代が強制されてはきたけど、質が明らかに変わってしまいました。卒業式や入学式が、もう自分の学校ではいっさい決めることができない、すべて都教育委員会が決めたとおりにしなくてはならない、というものですよね」
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| 卒業式終了後のA教諭。黒のブラウスの背中には、友人が染めたという鳩のデザインが縫い付けられていた。 | |
●処分をにおわせて押さえつける
A教諭は、この10月23日の通達を「教育の大転換期」と受け止め、この通達を受け入れることはできないと即座に思ったと言う。その理由は、「自分たちが自分たちで考える教育」というものが一切できなくなる行末を案じたからだ。
「冗談じゃない、ここまで定める権利がどこにあるのか」
通達を受け、A教諭の職場である都立学校内でも批難の声があがり、A教諭を含め多くの職員が卒業式においては「不起立を」と呼びかけあったと言う。ところが、その数週間後には、「不起立」を口にする教員の姿が消えていった。
この通達が教育庁から出されてからしばらくして、各教職員の名前がそれぞれに記された「職務命令書」なるものが校長から教員に配布された。その書面には、「通達に基づき、入学式・卒業式において実施要領に反する者は処分する」と書かれていた。
「処分という言葉が出てくると、見事に変わってしまうと言うか…。将来の生活に支障が出るからと、今まで座ろうと言っていた人たちが起立する方向へと流れていってしまったんです」
A教諭は、それまで一緒に座ろうと呼びかけていた教員たちへ、「再度考え直してみないか」と何度か話を持ちかけてみた。しかし、首を縦に振る人はいなかった。なぜならば、処分を受ければ昇給が遅れ、退職金や定年後の再就職先にも支障が出ることになるからだ。
「もちろん、処分する方が悪いと私は思う。そうやって力ずくでやってきて、人の生活までを破壊するわけでしょう。だけど人間って、処分とかの形を出されると、そうやってある一定の方向へとなびいていってしまうものなのか、と。そのことに恐ろしさを感じたのよね」
A教諭が勤める都立学校の教職員数は、約80人。式には、児童/生徒とその保護者、事務職員合わせて約150人ほどが集まる。A教諭は、たったひとりで「不起立」することを決意した。
(2004年04月30日 中平真由果)




