ドアを開けて入ってきたのは、髪を茶色く染めた女性。30代後半に見える。格好はいまどきの中国の女性と変わらないから、街ですれ違っても、きっと北朝鮮の人だとは気づかないだろう。髪型もメイクも、中国での潜伏生活(拘束されれば、北朝鮮に送還されて「労働鍛錬隊」という名の収容所行きになる)のなかで身につけた、護身の方法なのかもしれない。
脱北者を撮影するのは、これで何人目になるだろう。
先輩の石丸次郎の取材に、撮影の助手として投入されるようになって丸2年。中朝国境に近い中国の街、吉林省・延辺朝鮮族自治州延吉(人口約50万)を訪れるのはこれで4回目だ。毎回、国境を越えて中国に入った北朝鮮の人たちにむこうの事情を聴かせてもらう。数えてみると、撮影した脱北者の数は20人をこえている。ただ、残念ながら私は朝鮮語ができない。取材中は忙しくて、すべてを訳して教えてもらうわけにいかないから、しばらくして取材の結果がテレビや雑誌で発表されて初めて、おおこういうことだったのか、と膝を叩くこともある。ちょっとかなしい。
女性がインタビューに同意してくれて、撮影が始まる。聞きとれる特定の単語から内容を類推しながら、ビデオカメラを回す。そしてひたすら、見る。ジャーナリスティックな情報のほとんどは言語を介さないと得られないが、その人の性質や送ってきた生活は、見るだけでなんとなく想像できることもある。
限られた私の見聞に即したまったくの感覚的独断ではあるけれども、これまでに撮影した人たちの態度や見た目は、彼らの状況に応じて以下の3つのタイプに分けられる気がする。
一つ目は、密輸などなんらかの非合法の仕事にたずさわって、北朝鮮と中国を行ったり来たりしている確信犯型越境者。まず瞳に光がある。動作はやや落ち着きがないことも多いけれども、すばやくて力強い。感情や実感を込めて大きな声で話す。飢饉がもっとも深刻だったといわれる97年、98年をくぐりぬけ、国家のはからいによってではなく自分の力で、非合法の方法に頼ってでも生き抜くことを学んだ人たち。その能力と条件に恵まれていた人たちだ。私のように、なんだかんだいっても自国の社会と制度の枠内で生きてきた者には及びもつかない、強い生命力の光を身体全体から放っている。
出会った人数ではもっとも多い二つ目のタイプは、北朝鮮での貧困にたえかねて、食糧調達のためにしかたなく中国に来た転落型越境者。これといったあてもないのに、残してきた家族のためにわらをもつかむような気持ちでとりあえず出てくる人が少なくない。とまどいと悲しみを目に浮かべながら淡々と話す。撮影のあいだじゅう、座布団の端をずっといじっていたり、片手で片腕をたえずさすっていたりする。あらゆる人が例外なく飢えていたであろう97年、98年の頃と違って、北朝鮮の社会で貧富の差が拡大していると思われる最近の状況を反映してか、家族に病人がいたり、自身が病気だったりと、暮らしに悪条件を抱えている人がこのタイプの多くを占めているように思う。
三つ目は、北朝鮮での生活を立て直すために中国に来ている前者と違って、北朝鮮に戻れない、もしくは戻る気のない半永久型越境者。一般的に脱北者と呼ばれるのはこの人びとだ。危険をおかして第3国に出国する以外に、まったくあてのない潜伏生活を続ける彼らの態度や表情は、奇妙なことに、ある種の落ち着きを示していることが少なくない。人間、怯え続けるにも限界があって、一定の時間を過ぎると不安という椅子のうえにも腰を落ち着ける他なくなるのかもしれない。この人たちの宙ぶらりんの生におそらく唯一、意味を与えているのは家族の存在だ。そういえば、家族全員が飢餓で亡くなり、それすらも失ってしまった男性を撮影したことがある。あらゆる感情の火が消え、意味という概念を見失ってしまったような、彼の冷たい瞳は強烈に覚えている。インタビューが終わったあとでゴネ出して、結局、撮ったテープをひきとって帰ってもらう事態になったが、怒声を発しながらも表情がほとんど変わらない。それが私にはひどく恐ろしかった。心配してひきとめる石丸をふりきり、サウナで夜を明かすと強がって延吉の街に消えていったけれど、今でも中国のどこかで生きているのだろうか。あるいは捕まって、送り返されたかもしれない。
日誌からだいぶ脱線してしまったが、今日の女性は、二つ目のタイプに属す人だった。老けて見えるけれども、30になったばかり。一度、収容所を経験しているがまた出てきた。北朝鮮で待つ家族のもとに、食糧なりお金なりをもって帰らなければならない。1時間半ほど淡々と話し続けて、最後はインタビュアーをつとめた金へぎょん(韓国人で、当然、言葉が通じる)と向かい合い、言葉を失って涙を流していた。同じ民族、同じ年代の女性2人の境遇の、あまりの落差。ファインダーに映った2人のあいだには、透明で分厚い壁があって、2人ともその壁がどうしてそこにあるのかよくわからない、納得しきれないままに、ただ呆然と向き合って座っているように見えた。
あとから、金へぎょんが話してくれたところによると、この女性は北朝鮮ではずっと、とうもろこしを芯までまるごとすりおろして粥状にしたものを食べているそうだ。中国に来てしばらく米のご飯を食べたあと北朝鮮に戻ると、とうもろこし粥がどうしても喉を通らない、飲み下せなくなる、と話していたという。なんだかすごくリアルな話だ。ぽそぽそした食感を想像して、こっちの胸まで詰まる感じがする。当然だけどやっぱり、言葉がわかったほうがいい。
(8月21日)




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