夕方6時過ぎのNW便で成田から北京へ。予定通り9時に到着。北京の繁華街・王府井の路地裏にある瑞天飯店へタクシーで直行。10時半に中国のメンバーJと合流し、取材の打ち合わせ。北京は初めてという同行のYディレクターも一緒に胡南料理を囲む。安くてうまい。ビール4本と4皿分の料理で70元(1050円)ほど。翌日は朝8時から取材現場へ。タクシーで南へ1時間、料金は100元(1500円)。途中、運転手が高速の出口を間違え、20分ほど時間をロス。9時の式典に間に合うか、少し気をもんだものの、着いてみると、案の定、中国時間で式はまだまだ始まる気配なし。今日の取材は民工(出稼ぎ労働者)の子どもたちが通う無認可学校。11月放送予定のドキュメンタリーの舞台だ。この日は子どもたちが先生に感謝の気持ちを表す日で、授業は休み。集まったのは式に駆りだされた100人あまりの子どもたちと10数人の先生。とりあえず、創始者の黄鶴校長にインタビュー。さすがに弁舌がたつ。しかし、教師たちは黄校長を「理想主義者だが、カネ勘定は赤ん坊と同じ。経営感覚はゼロ」とぼろくそにこきおろす。まぁ、2ヶ月間給料が滞っているとあっては無理もない。実務は王副校長が一身に背負っているらしい。Jは「毛沢東と周恩来の間柄みたい」と言う。
ようやく10時頃から式典。黄校長の式辞は熱がこもり、時に絶叫調となるも、着席した先生たちの中には大きなあくびをする者もいた。黄校長が力めば力むほど、シラケムードが漂う。
遅い昼食の後、ドキュメンタリーの主人公となる少女・潘琴ちゃんの家へ。カネがなくて年間学費400元(6000円)と一日2元(30円)の給食代も払えず、中学校への進学を断念。ただ学校に行けなくても勉強は続けているという。インタビューの途中で彼女の両眼からぽろぽろ涙がこぼれた。こちらも言葉に詰まる。Jがこの家族の撮影を始めたのは5月。最初に「撮影が終わるまで、私はあなた方を助けることはできません。すみません」と謝ったのだという。ドキュメンタリーを撮る人間は、被写体の状況を変えてはいけない。これは鉄則。潘琴ちゃんへの支援は放送後に考えることにしたい。
取材を終え、そのまま北京へ。夕食の店を探しながら王府井を歩くと日本の回転寿屋があった。一皿12元(180円)。この一皿分の値段で潘琴ちゃんは一週間、給食が食える。ちょっと複雑な気分。といいつつも、結局は広東料理店で飲み食い。3人で250元(3750円)。人間の業はよほど深い。





