「再見理想(ツァイチエンリーシャン)」(理想に、グッバイ) 前編
親愛なるmaiko
元気?
この手紙を書く前、あまいあまーい菓子パンを食べて、牛乳を一パック飲んだ。で、いつものように、太るのを心配してる。ただ、今日は普段より、些細なことで心が震えやすくなっているみたい。たとえば菓子パンのあまさ、たとえば生きているって感覚のよさ、そんなことにね。
バスに乗って夕暮れの街を帰ってくるとき、鮮やかな夕陽が、あらゆるものの片側だけをオレンジ色に染めあげていた。あたたかい、でもどこか、ものがなしい風景。こういう夕陽のさしこむ風景のなかにいると、いろんなことを思い出してしまうよね。
北京の秋の夕暮れ、考えているのは故郷・昆明(※訳注1)の男の子のこと。といっても、恋愛の話じゃないんだ。 ちょっと冷めた言い方をすれば、友人の話ですらない。クラスが違っていたから、あの子は私のことをそれほど知らなかった。だけど、わたしは彼をよく知っていた。
高校の同級生は、みんな彼のことをよく知っていた。すごく活発で素敵で、いつでもみんなを楽しませてくれる太陽みたいな男の子だったから。背はそんなに高くなくて、色白で、かなりカッコイイかな。髪はいつもジェルをつけて洗ったばっかりみたいな感じにしていて、おしゃれで、バスケも上手だった。男子も女子もみんな彼のこと好きだったし、いいなあと思っていた。
彼のユーモアは天才的で、どんな悪ふざけにもつねに一枚かんでいた。先生たちの話し方をまねすると、一番そっくりなのも彼。彼は私たちの学年にとって、カラシみたいなものだった。先生たちを苦しめて涙や鼻水まみれにし、みんなをすかっと大笑いさせてくれる存在。彼がいなかったら、学年全体が、味気ない生野菜みたいだったはず。
モップをぬらして、校舎の下のバスケットボールコートに絵を描いたこともある。太陽、白い雲、山、それから小鳥も。誰でもちっちゃいときに描くのが大好きだった、ああいう絵ね。校舎じゅうの生徒がみんな下をのぞきこんで、最後は手拍子でもりあげた。
次の日は、同じ場所に「ドラえもん」を描いた。すごく上手だったなぁ。その次の日は、コートの左側にひとつ、右側にもひとつ、字を書いた。みんな考えこんで、ふたつの字を偏とつくりにしてあわせると彼の担任の名字になることに、しばらくしてようやく気がついた。校舎全体がどよめいた。
いつも子供みたいに思いっきり遊んで、思いっきり笑う子だった。うーん、なんて言ったらいいかな。もしあなたがうちの高校にいたら、好きになっていたかもしれない。そういう男の子。
うちの高校は雲南省トップの重点校だったから、生徒は省内各地のつわものぞろい。お互いにみとめあって、のびのびとすごせる雰囲気があった。そのなかで、彼のユーモアのセンスと人柄を誰もがみとめていた。だから、彼には本当に本当に、たくさんの友だちがいた。
ほとんどつきあいのなかった私でさえ、こんなふうに彼のことを記憶している。彼の存在は、私たちの高校生活に、キラキラした一筋の光を加えていた。
大学入試のとき、彼は志望校にほんのちょっとの差で合格できなかったらしい。それで、北京にあるその大学の予科班に入学して、正式に本科に入学するために受験勉強を続けたの。
今年の7月、同窓会のホームページの掲示板に、彼はこんなことを書きこんでいた。「20歳の誕生日、もともと何も期待してなかった。もともとは・・・。
だけど突然、日本の神奈川県で仕事をしているお父さんから電話が来た。明日帰国して、誕生日を祝ってくれるという。ぼくにとっては、最高の誕生日プレゼントになった」。
9月12日、彼はやっと、一番行きたかった大学に入学した。私の大学のむかいにあるあの大学よ(※訳注2)。
そして9月15日、朝の10時すぎだったのかな、2通の手紙の入ったかばんを背負った彼は、大学の校舎の14階に立ち、それから、まるでタゴールの詩のなかの一節みたいに、「秋のはじめ、木の葉のように落ちていった」。
手紙は警察が持っていってしまった。まだ誰も彼の自殺の原因を知らない。大学の新学期がはじまって3日目のことだった。
彼みたいな人間が自殺するなんて、誰も信じたくない。いつもの冗談で、私たちをかついでいるのだと思いたい。こんなこと、誰も受け入れたくはない。みんなむやみにネットに接続しては、連絡をとりあった。でも結局、まちがいないということがわかってしまった。
新浪網(※訳注3)で検索すると、残酷な見出しが出てくる−−「某大学の新入生が飛び降り自殺、雲南省出身の学生か」。
※訳注1:昆明(クンミン)は雲南省の省都。
※訳注2:中国の大学入試制度では、各省ごとに入学者数のわりあてが決まっている。彼らのような地方出身の学生が北京にある大学に合格するのは、北京出身の学生の場合に比べて、格段に難しい。
※訳注3:新浪網は中国でもっとも利用者数の多いポータルサイト(http://www.sina.com)。
(後編につづく)
※筆者プロフィール
チェン・ジャニ(陳佳〓)
1985年中国雲南省・昆明生まれ。男の子を待ち望んだ両親のもとに授かった女の子。
遊びたい盛りの3歳から演劇・曲芸・京劇・絵画などを習い始め、コンテスト・フェスティバル・テレビ番組に絶え間なく出演する。15歳で個人散文集『童言有詐』、17歳で小説『猪未央』を出版。作家を志すも、まずは大学受験に苦しむ。北京の中国人民解放軍芸術学院に合格を果たし、中国文学を専攻するも、今度は映画を撮りたくなる。人生なかなか思いどおりにいかないことにようやく気づき、最近は静かになる。大学生活を送りつつ、初めての取材ルポ『中国青少年成長問題報告』を執筆中。
幼い頃から、科学嫌い、数学嫌い、名誉や利益に淡白、仏教を信仰する。趣味はダイエットと食べること。(〓は、女へんに尼)
※訳者紹介
maiko チェン・ジャニの友人。北京に滞在するあいだはルームメイトになり、東京に戻っているあいだはメル友になる。年齢はチェン・ジャニより10近く上だが、頼りないためかまったく年上扱いされていない。




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